Saturday, September 30, 2006

「インドビジネス-驚異の潜在力」を読んで

インドビジネス-驚異の潜在力 祥伝社新書 島田卓 著を読んで

世界に残された巨大市場IT業界の人材の宝庫といわれるが、これはある意味一面しか表していない。インドには無数の言語、理解の壁を越えた社会制度、因習等被支配民族としての国民性があるという。ビジネスを行うにはまずインドの現状と国民性を知る必要があるそうだ。

インドの人に一貫性を持たせつつ、それを継続的に行わせることは非常に難しいと言われる。いい加減な説明はもとより、聞くからに立派な説明でも、拠って立つ根拠が明確でない場合には、何でそういう事になるのか、徹底的に説明を求める必要があると!
常に念頭に置いておく必要性があることは、2C,2TとPだと。
Continuity(継続性),Consistency(一貫性)
Transparency(透明性),Timing(タイミング)
Predictability(予見性) だそうだ。

インド工科大学(IIT)→MITを模したといわれるが、IITがどの位難しいかというと、インドではIITに落ちたらMITに行けといわれ、半ば冗談と思えるだろうが、本音だそうである。

著者曰く、インド人は、自己主張が強く話し出したら一人でしゃべっていて他の人に話をさせない「自己中心思考回路」を持つという。一方日本人は何も言わない、何を考えているか分からない「日本人は他人中心思考回路」を持つということで、以前のジョークで触れた「至難の業」にもでているようなジョークが生まれている。

1947年のインド独立に際し、無数の言語と人種の集まりであるインドを独立に導くためにマハトマ・ガンジーや初代首相ネールが使ったプロパガンダが、自尊心と自信であった。圧制と収奪という悲惨な外国支配に抑圧され続けたインド国民を奮い立たせ、インドの民衆に自国が持つ数千年の歴史とインドの文化の栄光を叫び続けた。人間は徹底的に言い含められる(洗脳される)と、自己顕示欲の強い、自己中心的な思考回路ができてしまうらしい。

1991年の国勢調査では、インドで話される言語は3372、このうち1万人以上が話している言語が216、すなわち1万人にも満たない言語を話している言語が3000以上あるという。一枚のお札に17言語の金額表示がされているそうだ。

気になるのは、インドの人口が2035年に15億人を超え中国を抜くといわれている。今のインドが中国のような急激な経済発展を遂げるかどうか分からないが、いつまでも今のままでいることはあるまい。エネルギー、食料問題など、地球はどうなっていくのだろうか。先が思いやられるが、心配のし過ぎだろうか?

Friday, September 29, 2006

朝日新聞(選挙)「制度の穴をふさぐには」の社説に同感

29日の朝日新聞に竹中氏辞職「制度の穴をふさぐには」のタイトルで社説があった。朝日新聞ならずとも選挙権を持つ国民大方の人達が、今の選挙制度の欠陥という感じで何かおかしいと感じているのではないか。拘束名簿方式で落選した人が非拘束名簿方式で当選をするというやり方、単なる人気集めの票稼ぎ(どんな形でも名前が知れた人)で国会議員が決まっていく、このような形で選ばれた議員を含めた党に対しても何とも信頼や信用といった感じが芽生えない。党が公認する人物のハードルを示して欲しい。

比例代表選メンバーに記載する名前を当て馬的に記載しておいたら、なんとまあ当選してしまった。政策もヘチマもあったものではないと感じる。比例選で当選しながら軽々しく党を変わる。だれが考えてもおかしいとしかいいようがない。制度の欠陥そのものだと思う。

このような現状に対して、今日の朝日新聞社説はズバリ単刀直入に明快な形で主張してくれている。
一つは、辞める議員が集めた個人票を政党の獲得票数から差し引いて、議席を配分し直す。もう一つは勝手にやめた場合には、繰り上げ当選を認めず、欠員のままにする。このくらいのことは躊躇せずにやるべきだ。

来年の参議院選に向けてもプロ野球選手の擁立が取り沙汰され、相変わらずのタレント志向が続いているのではないかという。このような体たらくの制度にメスを入れられない与党はさっさと代わるしかない。既得権益を守る・拡大させるのは官僚の専売特許といっているかの自民党そのものがWEB1.0にズッポリ浸かっているとしか思えない。「良識の府」たる制度設計改革に即刻取り組むべきと思う。

Sunday, September 24, 2006

千秋楽見物+ちゃんこ霧島



大相撲千秋楽を初めて見物した。地方巡業、全日本学生選手権、相撲総見などは見たことがあったが、本場所は初めてだった。テレビで見るのもいいがやはり実際は迫力が違う。映像の良さも勿論あるが、実際の迫力との違いの差をまだまだ映像では埋めることが出来ない。映像技術や音声技術が進化してこの違いをどこまで迫れるか興味がある。

今日は二階席の前から見ていたため土俵がバカに小さく感じた。テレビで見ていると土俵は結構大きい感じで映っているが、実際はそれ程大きさを感じない。それより力士がテレビで見ているより実際の方が大きく感じた。
また、二階からは、鳥瞰的な見方となるからか力士の体重の移動つまり重心の移動がよく見えるのが面白いのと、立ち会いの勢いで追い込んだ時の詰めが甘く、逆転されてしまうケースも結構興味深く見ることが出来た。

14日目で横綱朝青龍の優勝が決まっていたため少し緊張感や手に汗を握る期待感が薄れた千秋楽ではないか感じていたが、実際はそんなことはなく横綱、大関、関脇の相撲は結構力相撲でスリルを感じた。

相撲観戦後霧島という所でちゃんこ料理を食べたが、味もなかなかよく料理も新鮮な魚介類だけでなく非常にいい鍋で満足の料理であった。
今回は、父の米寿のお祝いと姪っ子のアメリカ人の旦那さんの誕生祝いを兼ねて、私の兄姉三人とそれぞれの連れ合い等10人でお祝いの席を囲んだ。ちゃんこ霧島からは思いも掛けないサプライズの品を頂き父も驚いていた。なかなか買えるようなものではない心のこもったお祝いの品であった。感謝感謝です。

三役の取り組みが始まる時に会場内がバカに賑やかになったと思ったら、自民党安倍新総裁及び夫人が会場内に入ってきた。内閣総理大臣杯を授与するため内閣官房長官としての仕事であった。総理大臣杯は、40kgもあるらしい。かなりの重さの優勝杯を一生懸命持ち上げて朝青龍に渡すところが何とも印象的だった。

Thursday, September 21, 2006

自民党総裁に安倍晋三氏選出される

自民党総裁に安倍晋三内閣官房長官が選出された。
政治の世界は全く素人だが、素人なりにも一国の総理大臣となるため人物・ビジョンが気になる。
キャッチフレーズを「美しい国、日本」とし以下の項目を目指すべき国のあり方として掲げている。
(1)文化、伝統、自然、歴史を大切にする国 (2)「自由」と「規律」を知る、凛(りん)とした国 (3)未来に向かって成長するエネルギーを持ち続ける国 (4)世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国

さらに、政策の6つのポイントとして、
(1)政治のリーダーシップ (2)「イノベーション」と「オープン」による経済活性化 (3)健全で安心できる社会の実現 (4)主張する外交 (5)自民党改革のさらなる推進 (6)戦後レジームからの新たな船出
を掲げている。是非やり遂げて欲しいものである。

これらの中の更に小項目として次のよう内容が示されている。
・伝統文化を大切にする
・家族の価値観や地域の温かさの再生
・教育の抜本的改革
・安心と安全を国民の手に取り戻す
・イノベーションによる経済成長
・世界の中で活躍、貢献する日本人を育てる

これらをどのようなやり方で取り組むのか具体的なイメージがわかるような言葉で説明をしてほしいものであると感じた。ひょっとして「美しい国、日本」には出ているのか?

非常に重要だと考えているのは、上記項目のどれをとっても教育と教育システム、更に日本人が伝統としてきて世界に誇れるものは何なのかを含めてもう少し具体な考え方を示してほしいという思いがする。

一国の総理が何から何まで具体的な内容までを述べなければならないという訳でもないが、少なくとも信念をもって取り組む決意の上に、そのビジョンをどう実現するかを示し、指示したら最後まで任せた事を自分の意向に沿っているか確認することが必要に思える。

Tuesday, September 19, 2006

North Koreaの状況を読んで

話は大分それてしまうが、世の中他人から見ると極悪人と言わずに何というか、というくらいどうしようもないと思われるように見える人でも、いざ身内のこととなると普段の極悪・非道は何処へという感じもしてしまう。

最近「ある北朝鮮兵士の告白」新潮新書 韓景旭著 北朝鮮の軍隊生活の一部始終が語られているという本を読んだ。内容的にどこまでが事実かという所もあると思うが、軍隊の下の者はすべて上官と党のため、上官はすべて更に上の上官と党のため、最後は首領様と党のためという構図で自分と他人を差別化してもらう、自分の出世目的で取り入るために賄賂やおべっかを使ったり渡したりとすさまじい状況が蔓延っている。

その賄賂の品々は仲間のものであったり、他の部隊の物であったり、殆どは農家からの略奪品・襲撃品でもある。農産物(米、大豆、トウモロコシ、カボチャ、トウガラシ・・・)や家畜(牛、豚、鶏、ウサギ・・)や飼い犬、はたまた首領様の命令である道路工事等に必要な機械器具などありとあらゆるものが窃盗、略奪、襲撃の対象となり、貨物列車を軍人が襲撃するなど正に腕っ節の強く、且つ要領のいい人間や集団など無法者がのさばる社会としか言いようがない。軍隊にいる人も国民も、本当に毎日食うや食わずのぎりぎりの生活が続いているという。

自分が死ぬか他人を殺すかという状況が何処にでも見られるというおぞましい国に成り下がっている。
一人の上官やその家族がいい思いをしている時は、その反面困って嘆き悲しんでいる人が何人いることか、人の不幸や悲しみ、不満の上に成り立った党と首領の構図。いつまでもつのか不思議な気がする。

19日日本政府は、北朝鮮に対する金融制裁の実施を閣議了承した。これらもいつまでも、もたもたしないで実行できる策は日本としてどんどん取ることが、結果として北朝鮮の民衆を苦しみから早く解放し救うことに繋がるのかもしれない。世の中なんと皮肉なものだろう。現体制の腐りきった一党独裁・専制政治の現実をもう少し見つめる必要がある。拉致被害者を救うためにも現体制維持の加担に断じて支持するようなことを許してはいけない。

日本で荒っぽい犯罪が増えている。このような荒っぽい犯罪は日本にはなかった。上述の本を読んでいると何か繋がるものがあっても不思議がない。犯罪の取り締まりももたもたしないで徹底して安心の出来る社会になって欲しい。

贈りものの有り難さ

昨日北海道H君、Aちゃん、Hiび君からの贈りものが届いた。立派なサーモン。
自分ではほとんど贈りものを送るという習慣と縁がなかったが、貰うのは何とも嬉しい限りだ。今後は頂くだけではなく、少しは喜ばれることもしないといけないと思うようになった。特に身近にいる人にも何か感謝の気持ちが分かる何かを。

他人には「気は心」だからといって少しの気持ちを表すだけでも大切だとか言っておきながら、身近な人にはなんの気持ちも表していない気がする。何十年もの間。なんて自分に都合の良いことを言っているのだろうという感じがする。今年は、家内の友達から梨、桃、佃煮等いくつかの贈りものが届いている。これも余り形式だけの付き合いだと重荷になることもあると思うが、お互い身近な品々を少しでもと便り代わりにというのも良いものだ。

また、自分の田舎からも高齢の親が少し不自由になった体を何とか動かして育て上げたジャガイモ、サツマイモ、モロヘイヤ・・・等
もう少し謙虚になって行くことを思い始めた。歳を取ったせいかな?

Saturday, September 16, 2006

どたばた日帰り温泉


朝起きて9時近くになって日帰り温泉で何処かに行くかということで、奥多摩の「もえぎの湯」(JR青梅線奥多摩駅)に向けて10時過ぎに出発した。それでも出かける前まではあっちがいい、こっちがいいと言いながら、行く寸前になって中央道はどうも混雑しているのではということで千葉の養老渓谷の温泉郷の方にしたらという話がでたが、いつまで経っても出発できないからと奥多摩目指して首都高の入り口「堤通」に入った。途端6号線は向島から江戸橋まで、また下北沢から八王子の先までずっと渋滞ということだったが、それでもまだ行くつもりで箱崎近くまで奥多摩目指していた。とても何時に着くかわからない感じがしてきた。

急きょ千葉の養老渓谷に行くことに走りながら変更し、箱崎でUターンして7号線に戻ったが、京葉道路も花輪から以降渋滞であった。3連休なのだから何処に行っても当然のように混雑している。それでも蘇我ICを下りたら、混雑はしていたが渋滞ではなかった。12時半近くとなっていたため、昼食を297号線にはいってすぐ食べることになった。「いちの膳」というレストランでランチメニューを食べたが、値段の割にまあまあお寿司と茶碗蒸し、味噌汁付きで結構満足。欲を言うともう少し新鮮な具があると更に申し分ないのにと思う。欲張りをいっては怒られる。

養老渓谷には2時過ぎについたが、何も調べないで来たためどこの温泉施設に行こうとしたのかも全く思い出せずに、取り敢えず車で養老温泉郷とはどんな温泉なのか、奥養老温泉まで行ったり、滝之家(滝見苑)の滝を見たり遊歩道を少し散歩した。目的が温泉だったので養老温泉郷の中のホテルに行ったが午後3時を少し過ぎてしまったため、日帰り客はご遠慮してもらうということで、あせって入浴できるところは何処でもいいからと次に立ち寄った「旅館 嵯峨和」という所でかろうじて入浴できることとなり目的達成。養老温泉の湯質はナトリウム炭酸水素塩泉で深さ200メートルの湯脈から届く自慢の黒湯(ラジウム鉱泉)はヨード分が多く、美肌効果があり、お肌をつるつるにしてくれるようなことが記載されている。確かにうす黒い湯でした。

もう少し計画的にすると良いところが効率的に見られたりと思うがなかなかそうはいかないことが多いものだ。

Thursday, September 14, 2006

世の人心の荒みはどうなっているの?

最近のニュースを見たり聞いたりしていると何とも人の心が荒んだ世の中になったものだとつくづく感じる。

海外からの荒っぽい窃盗団とばかり言ってられない。これらの影響を受けたかどうか解らないが、ショベルカーでのATM破壊、宝石・貴金属店を狙ったジャッキによる壁破壊、トラックを使った何とも手荒な電気製品洗いざらい窃盗強盗団の振る舞い、振り込め詐欺、はたまた中学生同士で親を報酬目的依頼殺人、子供への熱湯浸け虐待、すぐキレル大人と子供等々道徳教育という問題ではない何かが狂ってしまっている。

先月のニュースで高速道路の料金所踏み倒し突破がH17年度で93万件だという。5年前の3倍以上で旧日本道路公団3社で約26万件、首都高速道路で約36万件、阪神高速道路で約30万件だという。これは単に高速道路会社の収入減による損失なんていう問題ではない。こんな状況を放っておくことがむしろ犯罪を助長している気がしてならない。
常習者がいることは窺い知れるが、むしろこのような犯罪の野放しはまったくもって世の中をなお荒ませる。

最近特に飲酒運転による人身事故放置のまま証拠隠滅・発覚を恐れて逃走してしまうケースが問題視されている。これは逃げ得を許す法体系が問題だといわれるが、正にその通りである。ある団体や弁護士らは、人権人権とかプライバシー・プライバシーとか極端な配慮と称した過剰な反応、発言など何とも自己都合・自己弁護の振りかざしオンパレードという感がする。

ブロークンウィンドー理論によるニューヨークの治安維持・回復ではないが、日本の治安回復のため徹底した犯罪者の取り締まりを実施して欲しい。上述の内容は結局逃げ得が許されてしまうことが一番問題で、とどのつまり不正や犯罪は自分が一番損失(代償が高くつく)となるいう意識付けがされないとこのような犯罪はなくならないという気がする。それと相俟って人に迷惑を掛けない道徳観念醸成教育などにもっともっと世の中も真剣になって欲しい。

かつての儒教の精神や藤原正彦氏がいう武士道精神など日本の美しい心の再生に向けた努力が切望されるこの頃である。最近の脳神経科学による脳の発達のアンバランス(扁桃体と前頭葉発達不整合)も指摘されているが、情報過多や暴力シーンゲームなどマスメディアによる視聴率指向の問題の影響も大きいと素人でも思う。更に、教育の荒廃も何とも恐ろしボディーブローのように効いてくる。

Tuesday, September 12, 2006

ジョークについて

自分では気の利いたジョークを言ってみたいと考える時がたまにある。多少かしこまった会話の中で出そうと思ってもなかなか出てこない。これは飲み会後のカラオケで指名された時、一つや二つ歌える歌を覚えておきたいという思いとある意味感じが似ている所がある。多少の注目を集めてみたいという想い。以前に皇居近くのパ○スホテルでアメリカE○RI技術者とのパーティに参加した。パーティが始まる前の雑談の中で何カ国かを対象にジョークを飛ばしていた技術者がいた。勿論内容に付いていけないのが殆どだったかもしれないが、このようにいくつかの国の特徴を、その場の雰囲気を捉えて話題に出来ることにある意味では非常に羨ましさを感じた。
と言う訳で本屋に行ったら「世界の日本人ジョーク集」早坂隆 著 が目に入ったので購入して読んでみた。なかなか興味深いものもあるが、これらはやはりTPOが大事である。ということで先の本から3つ引用。

●技術者の違い
日本人とロシア人技術者が、クルマの機密性について話し合っていた。
日本人技術者の話。
「我が国では機密性を試す試験には、猫を一晩クルマの中に入れておきます。そして次の日に、猫が窒息死していたら、機密性は十分だと判断します」
ロシア人の技術者の話。
「我が国でも、機密性を試すために、猫を一晩クルマの中に入れておきます。そして次の日に、猫がクルマの中にいれば、気密性は十分だと判断します」

●至難の業
国際会議において有能な議長とはどういう者か?
それはインド人を黙らせ、日本人を喋らせる者である。

●幸福論
「人生における最高の生活とは?」
「アメリカで給料を貰い、イギリスの住宅に住み、中国人のコックを雇い、日本人を妻にすることさ」
「では、最低の生活とは?」
「中国で給料を貰い、日本の住宅に住み、イギリス人のコックを雇い、アメリカ人を妻にすることさ」

何を感じますか?

Sunday, September 10, 2006

バイオテクノロジーの進歩・今後の期待と課題

1990年に米国で正式にスタートしたヒトゲノム解析は計画目標の2005年より大幅に早く2000年に概要解読が終了したとのこと。これらの成果は、今後の病気の治療を含めて計り知れないほど、人間とは何かというような倫理的な課題も含めて、従来のものの考え方を変えなければならない問題に直面しているという。

大きな重要な事項の一つに生物はみな同じスーパーファミリー(人間だけがあらゆる生物の中で特別なものではなく、同じファミリーのワン・オブ・ゼムに過ぎない)に属している(生物のあらゆる細胞には、エネルギー産出システムを受け持つミトコンドリアという細胞内小器官があり、そこでヌクレオチドを構成する部品である塩基-A(アデニン),T(チミン),G(グアニン),C(シトシン)ではない別の暗号システムを使っているとか、生殖とか、形態形成、生物のさまざまな基本的な枠組みの根幹部分がみな相同遺伝子によって作られ、同じようになっている)。

現在では、DNAシーケンスを自動的に読み取る装置、遺伝暗号をいれるとその通りDNAを作るDNA自動合成機等大抵の研究室にあるらしい。そこで目指すは病気治療のためのティシュ・エンジニアリング(tissue engineering:再生医療)の活躍の場である。脊髄損傷で動けない人の脊髄復元、脳梗塞、アルツハイマー病など脳の病気で機能を失った人の脳細胞再生、人間の臓器を豚などに移植用臓器として作らせる場合など、人動物キメラは何処まで許されるか等生命倫理の課題が分子生物学の進歩とともに続出してきているという。

一方、HIVウィルスは分裂しない非細胞(脳、肝臓、肺等)の中にも入っていくが、このエイズウィルスを無毒化できると最高のベクター(遺伝子クローニングなどで遺伝子を導入する時遺伝子をのせて送り込むことができるDNAに入りやすい物質)になるという。これもDNA解析が進み何処が悪さをするかすっかり解析済みとのこと。

ガンにあっては、以前よりp53ガン抑制遺伝子について新聞等で時々報道されていた。大抵のガンは15~20くらいの遺伝子異常が同時に起きているためその全部を直すのはとても無理なのでたった一つのp53遺伝子を入れただけでガンは自己破壊(アポトーシス)を起こすという。p53はガン細胞が異常増殖を始めようとすると細胞分裂にストップを掛け、増殖を止まるようにし、それでも異常増殖が止まらないとアポトーシス(細胞自殺)のスイッチを入れてガン細胞の固まりを自殺させてしまうという。因みに人の手(指ができるのは)はアポトーシスの結果指の形成となっている。

(「21世紀 知の挑戦 立花隆 著」より)

Saturday, September 09, 2006

21世紀は地球が出来た以降どんな時代か鳥瞰

太陽系つまり地球の誕生は今から46億年前。その6億年後(40億年前)海の中で生命誕生及び陸も誕生。その後陸上と生物が結びついたのは今から4億年前。恐竜の誕生は約2億3000万年前、恐竜が忽然と消えたのは6500万年前。霊長類の出現は約6500万年前。さらに、500万年前人類と類人猿が分かれたといわれている。

この地球が出来た以降もう少し理解しやすい表現として一日24時間の物差しで表すとより理解が進むという。例えば、地球史を一日24時間にたとえると、恐竜の時代が終わってほ乳類の時代が始まったのは23時47分8秒頃で、霊長類の中からヒトが出現したのが23時59分3秒頃。キリストが生まれたのが23時59分56秒24。20世紀が始まったのが23時59分59秒99。20世紀の100年などというのはほんの一瞬に過ぎない。

このように地球史的に現在をみるとほんのわずかの時間だが、逆にほんのわずかな時間に人口増加や人間の産業活動により、又各国の利害関係により環境破壊がどんどん進んでいることは何ともむなしい。

ヒトは自然に翻弄されるだけだった存在から世界のあり方に積極的に関わる存在になった。その後、知の歴史は、ヒトの役割の増大の歴史だった。益々ヒトのアクティビティーが世界のあり方に大きな影響を与えるようになり、人の側でも意識的にその役割を増大させていった時代といえる。その無定見な役割の増大が、世界システムのあちこちに不具合をもたらしたので近年の環境破壊問題であると考えることが出来るという。

環境問題の深刻化によって、ヒトはこの役割の大きさに気づき、ヒトの自然との関わりを認識し直し、自己の行動に責任を持つようになり、盲目的行動者から世界のマネジメントに自覚的に拘わる世界のケア・テイカー(世話役)へと自己を変貌させようとしているというが、すぐにでも変貌して欲しいと考える一人である。

(「21世紀 知の挑戦 立花隆 著」より)

Thursday, September 07, 2006

世界人口65億人超えとなる

読売新聞によると世界人口が65億人を超えたと報じている。今後も人口は増加の一途を辿ることが確実視され、更に爆発的な勢いで人口100億人も間違いなくすぐ届いてしまう。人口の増加でまず気にかかるのが食糧とエネルギー消費の問題。本当にこれからの地球はどうなっていくのだろうかと素人ながら心配になる。

「立花隆著 21世紀 知の挑戦」によると世界人口は、約200万年前猿人時代大体100万人程度で生息地はアフリカだけだといわれている。次の原人時代(50万年前あたり)に生息地はアジアやヨーロッパまで広がり、人口は全部合わせても170万人くらい。
人口は基本的にどれだけ食糧が得られるかに左右され、狩猟採集時代は生息地域の広さで決まるため余り増えなかった。結局農業革命(1万年前頃)以前の世界総人口はせいぜい500万人程度にとどまっていたようだ。農業革命以降急速に増加の一途を辿り7千年前には6600万人、灌漑農法などさまざまな技術により農業生産は上がっていき、世界人口は紀元1年には1億3000万人を超えていた。その後産業革命以降18世紀初め6億人を超え、19世紀はじめ9億人、20世紀はじめに約16億に達した。

そして今21世紀はじめ65億人を超えてしまった。中国約13億人、インド11億人、アメリカ3億人と続く。日本は第10位で約1億3千万人。
世界人口は、1分150人、1日20万人、1年で8000万人増加しているという。(1年で6000万人が死亡し、1億4000万人が出生)

日本の食糧輸入やエネルギー輸入と国内のこれらの生産活動等を見ると何ともおぞましい感じがする。技術立国とつい20~30年位前いわれて有頂天になっていたが、現状の化学や物理等自然科学への学生の興味や学力の低下がいわれる中、日本は大丈夫なのだろうか?

Wednesday, September 06, 2006

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Tuesday, September 05, 2006

二次健康診断へ

春の健康診断結果を見ると二次検診を必要とする項目が二つあった。先日二次健康診断を受けようと病院を訪れる血液採取だけで、胃カメラ及び超音波検査は9/5(火)に来て下さいとのこと。そのため今日行ってきた。健康診断で2次検査は初めてだったので大したことがなくとも一応検診を受けておいた方が安心できると思って受診した。

一つはγ-GTPが標準より少し高い(103→今までは80位が今年100台(普段お酒は缶ビール1本程度))、もう一つは胃のバリウム検診の結果、胃の噴門部に小さな粘膜下腫瘍が見られるとのことであった。

初めての胃カメラであったためどんな感じなのか興味津々だったが、胃カメラを入れる準備として(1)舌の麻酔のためどろどろとしたゲル状のものを口中に3分間含んで出す、(2)次に喉部分の麻酔のため溶液状のものを口中に入れそれを飲む、(3)カメラ撮影時に胃が動かないようにするため上腕部に注射、(4)最後に胃カメラを入れる前に睡眠薬(剤)を腕から注射した。

看護師さんからは眠くなったら無理をしなくて自然に眠って良いですといわれている内に全く気がつかずに寝てしまった。目が覚めたのは1時間後にもう終わりましたということで何をなされたか全く気づかずに終わってしまい、興味津々であったが準備段階しか記憶に残らずじまい。

その後、結果を聞くとγ-GTPの方は大したことはない、また、胃の方も大したこともないため来年もう一度確認して下さいとのこと。超音波での内臓診断結果は、胆嚢に小さな陰があるがこれも大したことはないが、念のため半年くらいで確認をしておくと安心するとのこと。

検診をした後は、頭が少しボーとした感じがしていたが、歩いたりするには全く問題なかった。医療技術の進歩には驚かされる。便利な世の中になったものだとつくづく感じた。今回ついでにヘリコバクター・ピロリ菌の検診も急きょお願いしたが問題ないとのことで一安心。

Sunday, September 03, 2006

いわきへ行く

今日はいわきに行くため朝7:50頃首都高の堤通から三郷経由常磐自動車道でいわき中央で下り、そこから10分足らずで目的地に着いた。約2時間で東京からいわきに着いたことになる。高速道路が混んでいないとこの程度の時間で着く便利な地である。

10数年ぶりに少しゆっくりいわき市内を買い物がてら車で走ってみたら、なんだか別の地に来た感じがした。駅前は再開発のため旧建物が壊され、新しいビルが建設の準備に入ったところだし、その他の道も昔住んでいた時通った感じとどうも違う感じがした。その違う感じとは、空が青く非常に開けた感じ(開放感がある)で道路も細かった印象があったが、道が広くなるとともに周りの建物もかなり整理され、且つ高い建物がないため開放感があり気持ちが良かった。(何年か前に福島県で国体が開催された時かなり市内の整備が行われたようだ)

人混みも昔ほど無いせいか少しさっぱりした感じもしたが、よくよく考えると、この地も少子化の影響を受けるとともに、学生(小中高)の数も少なくなっているということなのかという感を受けた。この人混みも余りゴミゴミ混雑していると何とかならないかといった少しウンザリするような感じを受けるが、市内の銀座通りで人気が少ないのも少々寒々しさや寂しさを感じてしまう。人間てなんと勝手なことばかりを感じるんだろうと思う。

帰りは、湯本の温泉「さはこの湯」に入って疲れをさっぱり流してきた。さはこの湯は所謂普通の町中のお風呂屋さんだが、掛け流し温泉のため地元の人以外も結構訪れているようだ。大人の入浴料は
220円なのでとっても得した感じがする。泉質は硫黄水、源泉温度59.7℃、無色澄明・無味、臭味は硫化水素臭、水素イオン濃度PH7.8と表示されているが、少しにごった感じで硫黄臭がするためこれぞ温泉という感じがする。もし行くようなことがあれば一度お試しあれ。

Friday, September 01, 2006

防災の日に身の回りを見ると

今日9/1は防災の日で政府は総合防災訓練を実施した。また、東京都の訓練には在日米軍の横須賀基地からフリゲート艦による帰宅困難者の輸送訓練、韓国からもレスキュー隊等の参加があったという。外国からの支援も含めた訓練も当然念頭に置いておかなくてはならないと思う。石原都知事になってやっと自衛隊を身近な協力者として受け入れる当たり前の事が進んで良いことだ。

ところで我が家の防災対策はどんな状況なのか、改めて眺めてみたが震災への備えが殆ど出来ていない。防災グッズとやらは昔会社や区から貰ったものが大事にしまってあったり、防災袋、子供の防災頭巾、手袋、懐中電灯など細々としたものがあることにはあるが、震災が起きたときすぐ持ち出す体制が出来ていない。慌てて一生懸命防災用品だと思って持ち出してみると、実は防災頭巾の入った袋であったりという何ともお粗末な準備状況であることがわかった。また、家族の連絡場所や避難場所の確認、各々の役割等も特に決めていないため実際に離ればなれになってしまい、ただただ途方に暮れてしまうのが必須のような気がした。
防災グッズも含めてもう一度見直しをしておかないといけないと改めて感じた。また、マンションの対応・準備が全く決まっていない。何かあればお互い助け合いが必要になるというのに。