Thursday, June 14, 2007

紫陽花の季節





昨日伊豆の実家に帰ったらアジサイが綺麗だった。
今日(6/14)は関東甲信地方まで梅雨入りしたという。
この時期はやはりアジサイが人の心を癒してくれる。
梅雨時の雨に濡れたアジサイは本当に清々しくしっとりした感じが何ともいえない。
花の微妙な色の違いが何ともいえない。

Monday, June 11, 2007

花や音楽のある生活


従来私は花のある生活についてあまり感心がなかった。
最近はワイフに言われたからというのもあるが、草花って結構人間の心を癒してくれることが感じられるようになってきた感がある。

しかし、根っからの草花の名前音痴で実はあまり花の名前を知らない。オーソドックスの代表的な名前はわかるものの少し草花の名前くらい覚えたいと思うようになった。

これも年代の影響かよく分からないが草花やさり気ない絵があるといい気分になってくる気がする。

更に最近は図書館からクラシックCDも借りてくるようになった。何が変化を起こしたかしれないが結構気が休まる感じがする。賑やかなテレビより軽めの音楽は結構いい気分にさせてくれる。今は服部克久の音楽畑の中から何枚か借りてきて聞いている。

いつまで続くのか知れないが食が変わるのと同じような感じなのか?

Tuesday, June 05, 2007

自宅洋式トイレの小用はどっち派?

自宅トイレで小用を足すときに立って済ます派、座って済ます派のどちらですか?

以前から気になっていた事で、大分前になるがテレビを見ていたら自宅の洋式トイレで小用をすると便器内から小水の飛散飛沫が数千のオーダーで飛散するというような事が放送されていた。

私としては、以前から結構気になっていたことなので立って済ます時、どのような所にスポットを選ぶと飛散が少ないのか、結構色々ためしてみていた。

水たまりの真ん中は基本的に飛散が多いことが感覚的に分かる。そこで色々試してみたが水表面と便器の接触面で立った位置の一番手前(便器壁面寄り)当たりが飛散が少ないのかなと思っている。

基本的に水表面と便器壁が接触する当たりは水面の面部に当てるより少ないものと感じている。

このようなことは子供が成長する時を含めて結構トイレのアンモニア臭が気になった時期から気になったことだ。当時は子供が勢い余って便器内から便器や便器外にそらしてしまうのが原因と考えていた。

それにしても、トイレ内のアンモニア臭が残ってしまう時期が大分続いたような記憶がある。このときはトイレをいくら掃除してもにおいが消えなくなってしまった時期があったように思う。

そのようなことで先のテレビの放送をみて小用時の飛散飛沫の多さに驚き、何とかならないものかと考えると座ってする方法は問題解決になる。しかし男性にとっては面倒くさいという一面があることも確か。

一律にどうするというのではなく、ジャージを履いている時など座ってすることにしている。また話は少しそれるが、最近では、朝食事後大をする時、歯を磨きながらするようになったら歯を磨く時間が確実にとれるので気に入って座ることの良さがある事に気がつく。これは小用とはあまり関係なし。

そんな事で男のトイレ事情なるものをインターネットで検索してみると清潔志向等で結構座る人達の割合が多くなってきているようだ。

だがしかし、日本のこの程度の事を気にしていたら海外旅行はなかなか出来ないという事のようです。
世界のトイレ事情の一部を参考にして見て下さい。
主にアジア
フランス

Wednesday, May 23, 2007

マスターズ春の短水路大会結果

だいぶ日にちが過ぎたが4/30(日)に春のマスターズ短水路大会(辰巳水泳場)に参加した。
出場したのは、いつもの通りで50m,100m自由形であった。今回は冬の期間に少しやる気を出して自分でじっくり泳ぎの確認したり、インターバル練習の工夫や泳ぎ方の姿勢などに気を遣って泳いでいる積もりであったが、練習回数は週2回程度と増やしたわけではなかった。

当日は、両種目とも午後で、結果は50m自由形が32"44、100m自由形が1'16"25であった。本人としては先程の練習への思い入れなどもあってもう少しいい記録を期待したが、いつもと変わらずであった。

何とも100mの最後は不甲斐ない泳ぎとなって手足が動かない状態だった。
仲間に50mのスプリットタイムを聞くと50m自由形の時より少し速かったと聞いて、75mからの自分の泳ぎが出来ていなかったのがわかった。前半の勢い込んだつけが後半一気に出てしまった格好となった。

これも隣の人に引っ張られてしまったのが影響したのだが、なんと隣の人は日本新記録を出していた。そのような人に引っ張られた自分が少し情けない感もした。全く他人の記録など眼中になかったから。

もう少し自分の泳ぎが出来るように普段の練習をしっかり確認しないといけない。いい訳となるが直前の1.5ヶ月くらい前から父の健康障害などで気持ちが少し緩んでしまったのがあったかなという反省があるが、やはり年齢がある程度になると現状維持が精一杯で、記録が伸びるのは難しいのかという気持ちになってくる。でもまだまだやれるのではという気持ちだけは持ち続けたい。

Tuesday, May 22, 2007

山崎正和氏の地球を読む

読売新聞2007.05.20掲載の「山崎正和氏の地球を読む」を読んで
タイトルに「職業の権威と責任」、「プロを敬う社会に」、「素人優位の風潮 根深く」があり、今の社会状況の一端を指摘していて同感する部分もある。ここで少し物足りなさを感じるのは、ではどうすべきかというところが余りにもあっさりしすぎている。実は何がそうさせてきたのか、そうなってしまったのかが一番の関心事である。原因が分からなければ対策の取りようがないことは明らかだから。

内容として次のような例を挙げている。
・電車の踏切に飛び込み、迷い込んだ女性を救出し自分は殉職した警察官
・親の執拗な責任追及により自殺した小学校の校長
 (報道で避難されるのは教師だけの姿)
・病院不祥事の報道が氾濫する中で医師の士気と使命感の低下
 (インフォームドコンセントが権威と責任を放棄し始めている) 
・官僚バッシング(正確なデータ対応で素人の怒り声)
・政治家(政治のポピュラリズム化)

この中でいくつかの言葉が出ているがこれらを並べると何か見えてくる気もしないではない。
・権威と権限・権威と責任感
・自己犠牲と尊敬
・社会の規範
・惻隠の情
・ノーブレス・オブリージュ(高貴なるものの責任)の低下
・自尊心
・矜持と勇気
・居丈高な親
・低頭する教師
・親の保護責任
・教師の責任
・教師の尊敬
・人知の伝統
・プロフェッショナリズム破壊
・専門性軽視
・素人優位
・医療訴訟
・患者さま
・・・等々

最後に「社会の倫理性を自然に高めるためには、人が職業人の誇りを抱き、結果として「恥を知ること」が第一である。その際、「高貴なるものの責任」は本人がまず自覚するのが当然だが、この自覚はその高貴さを社会が敬うことで支えられている。・・・社会をあげて彼らの実像を讃え、一層の使命感へとおだて上げる道はないものだろうか」という点に関して「高貴さを社会が敬うことで支えられている」には同感するが、締めくくりとして何とも空しさを感じざるを得ない。

Sunday, May 20, 2007

テレビが世の中に及ぼす影響

安部首相がいう教育再生会議の中でも議論・検討してもらいたい部分がある。それはテレビが世の中に与える影響も非常に大きいものがあると考えるからである。
よくいわれる「視聴率」の高低は業界が最も重視する指標だと。その結果、今のテレビ番組の編成となっている。

本来テレビが持つ役割は何なのかという事についてもう少し放送する側が考えるべきという点と学校等の教育にあっては、メディアリテラシーについて学ぶ機会を与えるべきという感がある。

NHKは「日本放送協会 番組基準」、民放は「日本民間放送連盟 放送基準」があるという。
NHKもそうであるが、特に民放については番組内容が現状で「放送基準」に照らして適切かどうか非常に疑問に感じる。

民放の放送基準について内容を少し引用すると、
「民間放送は、公共の福祉、文化の向上、産業と経済の繁栄に役立ち、平和な社会の実現に寄与することを使命とする。
...
放送にあたっては、次の点を重視して、番組相互の調和と放送時間に留意するとともに、即時性、普遍性など放送のもつ特性を発揮し内容の充実につとめる。
1.正確で迅速な報道
2.健全な娯楽
3.教育・教養の進展
4.児童および青少年に与える影響
5.節度をまもり、真実を伝える広告 」
としている。

先日「誰がテレビをつまらなくしたのか」立元幸治 PHP新書を読んだ。テレビの品性低下について同感する所がたくさんある。
例えば、
・視聴率さえよければ番組の内容がどんなものであろうともいっこうにお構いなし
・テレビがバカを増殖させる
・ワイドショーなど興味本位に事実を伝えようとするあまり、必要もない音楽を矢鱈に流す神経
・どこを向いても韓流
・若者に媚びるドラマばかり
・お祭りの日常化(非日常の強調)
・行き過ぎた悪ふざけ
・ただひたすら情報の垂れ流し(何が重要か分からなくなっている)
等々いくらでもある。

私もそうであるためあまり大きな事はいえないが、前述の本を引用すると
「・・・テレビを見るということは、何ら努力を必要としない。与えられたものをただ眺めるのみで、そこには自主的なものは存在しない。寝ころびながらテレビという媒介を通じての政治、社会批判では、真の具体的な考え方は生まれてこない。テレビを少し遠ざけて自主的に考え行動して初めて具体的策は生まれてくるというものである。-朝日新聞 (西ドイツシュミット首相が国民に呼びかけた(1日/weekテレビを消そう)

また、こんな記述もあった。
・あなたがテレビを見ているのか、テレビがあなたを見ているのか 主役は誰だ?・・・

民放はコマーシャルで成り立っているが、ザッピング(リモコンで頻繁にチャンネルを変えたりビデオデッキ操作)問題がある。どう対処しようとしているのか? 面白くもない誇張された映像を見たくない人が多くいることがわかる。このコマーシャルを前後して同じ映像の繰り返しが頻繁に行われ視聴者を辟易させている。

放送メディアは、番組を通して良質の文化を築く役割がある。静かに思考するような番組が減ってきているという。放送局側は、謙虚さ、節度、品性など私達が大切にしてきたものから遠ざかっていっているという。

ここで再度自らの局の放送と社会への影響度合いを長期的なスパンで見つめ直して見ることが必要と考える。

Thursday, May 17, 2007

慢性硬膜下血腫

3月中旬過ぎ父(88才)が慢性硬膜下血腫・水腫で緊急手術をした後退院した。入院は9日間であったが、ベッドの上では頭から血腫と水腫排出の管が付けられていたいたせいもあり、体を余り動かせない状態であったため特に足腰の筋肉が衰え歩行困難となった。

退院後はリハビリのため東京のマンション内(それまで伊豆で一人暮らしであった)の廊下で午前・午後とかなり一生懸命衰えた足腰の筋肉を取り戻すべくリハビリのため歩行訓練を一生懸命やった甲斐あって、ある程度歩くことが出来るようになり、2ヶ月検診を受けた後、昨日伊豆に戻ってまた一人暮らしが始まった。

慢性硬膜下血腫で父に現れた症状は、亡くなった母の仏さんに花を飾ろうとすぐ近くの畑に花を摘みにいってしゃがんだまま立ち上がれなくなった。左手、左足が麻痺して平衡感覚がなくなってしまったらしい。

通りがかりの人に助けられて家の前まで連れてきてもらったが、そこで今度は転んで再び立ち上がれなくなってしまった。再度通りかかった人に助けられ、病院に搬送してもらい診察を受けると、伊豆の共立病院(元国立病院)では手術が出来ないと伊豆長岡まで救急車で搬送された。

60年以上のんびりとした伊豆での暮らしがなんといっても合っていると話す。やはり年を取った後の東京は味も素っ気もない感じがするのか。近所に話し相手になる知人・隣近所の人がいるわけではない。人が活き活き生活するということは、単に暮らしが便利なだけではその人にとって満足できるものとはならない。当たり前のようだが生活習慣や価値観の違いは難しい問題だ。

近くに東京都のリハビリテーション病院があり、手術を受けた病院の先生から紹介状をもらい幸い診察とリハビリを受ける機会ができたが、父は母の看病で大分リハビリに通った経験からある程度の運動の仕方は分かっているから、自分一人でもできるという感覚を持ち、もう一人での生活が可能だと判断し、元の生活に戻っていった。

このような中、我が家では父の病気も大変であると思うが、もっと大変であったと思うのが家内であった。半日はパートタイムで勤めている中で、三度三度の食事をはじめ掃除・洗濯、午前午後のお茶など相当な負担が掛かってしまった。その反面、現実に男は誠に何もできないこととなっていた。もう少しサポートができるようにしないと駄目だとつくづく思い知らされた。

それにしても違った環境の中で暮らしてきたもの同士が短期間であれ一緒に暮らしてみると生活パターンの相違、娯楽、趣向の違いなど結構いろいろな違いがあるものだと知らされる。

誰でも歳を取り、同じ道を通ることは間違いないが、これらのギャップと如何に対処していくのか前向きな対応で乗り切って行きたいものだと思う。

Monday, March 26, 2007

世界の所得格差




2006.12.06に世界の富裕層1%が世界の富の40%を所有と書いたが、ここでは世界各地域の貧困層がどのくらいいるかを示す分かり易いグラフについての紹介があったので参照して引用してみた。(ケネディースクールからのメッセージで紹介されていた「Gap Minder」より「格差の万人」1998年設立NGOで大学や国際機関と連携し様々な統計データを目に見える形で無料提供するサイト)(グラフ中地域別表記文字は私が挿入したもの)

2005年発表の2000年データによると最初のグラフで1日当たり収入のグラフで$1/day以下の人達は世界の人口の20%の割合を占め、それらの人達の収入はたったの2%、上位20%の人達の収入は全世界の74%を得ているという。

地域・グループ別で見てみると1日1$以下の収入で暮らす人達は、アフリカ、東アジア、南アジアで大部分を占めていることがわかる。

OECD(経済協力開発機構:ヨーロッパを中心として日米を含め30カ国の先進国)諸国は勿論$1/dayの人達はいない。世界の貧困層がいかに多くいるのか、又その偏りとその深刻さが解る気がする。
2000年時点で世界の人口60億人のうち実に12.8億人(全世界人口の21%)が1日1$以下の収入しかない。

このような状況の中で人が生き続けるために環境問題(地球温暖化に伴う炭酸ガス放出等)を含め貧困に伴う世界で起きている色々な問題を解決しなければならないという難しい舵取りをどの国も協調してやっていかなければならない。難しい課題が突きつけられている。

Saturday, March 24, 2007

「数に強くなる」を読んで

「数に強くなる」畑村洋太郎 著 岩波新書
「失敗学のすすめ」で知った畑村教授の「数に強くなる」をよんでいて感じた点があった。
数字ではなく数(かず)だという。「数字はシンボルだという」シンボルに強くなってどうする。この本は数学という抽象概念ではなく現実的な日常生活で考える本だという。

数とは①種類、②狭い意味での数、③単位であり、これらの構成要素を全部揃えて数を作った時に初めて物事の数量的な属性を記述できるという。

数に強い人、数に強い人の頭の中、頭の中で全体を作る等と言われると確かに自分からそれらの数をたどれる、創れる人が世の中にはいるものだということを以前職場で感じていた時期があった。やはりその人も普段からそのようなトレーニングというか自覚を持って仕事をしていたのだろうと思う。このようなことが書かれた本を読んで面白いものだなと思った。

また、この本の中で英米の数の数え方(意味)の違い及び単位の区切りの違いは初耳であった。日本人は当たり前のように米国式を認識しているのではないか?
英国
million:百万(1の6桁先、1000の2乗)
billion:1兆(百万の6桁先、millionの2乗)
trillion:100京(1兆の6桁先、millionの3乗)

米国
million:百万(1の6桁先、100の3乗)
billion:10億(1の3桁先、1000の3乗)
trillion:1兆(10億の3桁先、10000の3乗)

ちなみに日本(中国)

万(1の4桁先)
億(万の4桁先)
兆(億の4桁先)
京(兆の4桁先)

更に東京の地下鉄について「ハタムラ式地下鉄利用術:1駅2分の法則」で2-3-5という数字を覚えておく地下鉄を利用してどこかに行くときの所要時間が割り出せるという。1駅間の所要時間は2分、待ち時間3分、乗り換え時間5分で大体言い表せるという。これはなるほどよく言い表していると思う。

このような日常自分で基本を追って物事を考え・創ると意外と便利に賢く仕事や生活する事が出来る。軽く読める面白い本だった。

Saturday, March 17, 2007

ポピュラーサイエンスと循環論法の問題

3月15日読売新聞の「「テレビ番組と専門化」~科学的正確さを忘れるな~」(神里達博 社会技術研究開発センター・研究統括補佐 著)を読んで感じること。

田舎で育った身としては、小中学生の頃まで校長先生、教育長、町長など自治体の長と呼ばれる人達は、それ相応の見識と威厳を持っていると感じていた。ましては、大学の教授や博士号を持った人達はとてつもなく大きく遠い存在にあったことを覚えている。今でも実際には遠い存在。

ところが最近テレビ等マスメディアの影響もあって種々の専門分野の最先端の研究などの一端がそれらの専門家の科学的知識を一般の素人に向けても「わかりやすく」伝えられる機会が多くなってきていると述べている。この現象が科学的な正確さをあやふやにさせてるという面もあるというが、その通りだと思う。

特に食品(食物)と体の健康や運動と体の健康に関するテーマに多く感じる。科学的知識や知見に関して一面的な報道の仕方を強調した番組が多過ぎる気がする。

メディアの報道に対して、人の健康に関していえば、プラセボ効果といわれるくらい精神的・心理的な内面的影響が科学的によく解明され説明されていないこと。西洋医学と東洋医学の違いなどと同様に説明が難しく、ましては流された情報に反論しかねるというより、反論するエネルギーを(くだらないものへと)注ぐだけのテーマとはいえないというのが本音だろう。しかし、あたかも本当らしくまた、メディア側がバラエティー?番組化しているのか明確さに欠ける中、ワンサイドの視点を注意しようなんて気が起きない事があるのではないか?

「発掘!あるある大事典」の場合は、科学的知識とか正確性という問題ではない。捏造そのもの。
このような中、都合のいい所だけを専門家の発言、見解と称して披露される。その番組の権威付けを勝手にしてもらうように思われる。

一方、このような中で専門家としてメディアに登場する学者・評論家・研究員のメディア露出度そのものが、その専門家としての正当性に映ってしまっているという現実もある。(出れば出るほど評価される、又出る機会が出る)これを循環論法というそうだ。現代社会の中で特に科学技術の進歩とその専門分野の細分化によって、確かに自分の専門以外はよくわからない(分野が異なると急速に理解が困難になる時代=タコツボ化)ということが一般論として起きているに同感。

しかし、その最先端の科学技術の進歩を社会にやさしく伝える努力も必要であるし、真の専門家の社会性を育て高める事も含めてバランスが問われているという。社会はもっと「科学的な正確さ」と「わかりやすさの仕組み作り」といった側面に敬意を払っていくべきだと。

Saturday, March 10, 2007

石和温泉とワイン工場


少し日にちが経ったが2月末石和温泉に行って来た。
今回は温泉目的のため何処に行くと決めていたわけではなかったが、途中お昼は「ほうとう」(ひもかわうどんを野菜と共に味噌仕立ての汁で煮込んだ麺料理の一種)をご馳走になり満足。勝沼では息子達がワイン工場の見学を予約してくれていた。

工場内の見学をしていると日本では珍しいコルクの木だという。もう一本あったが大雪の年に駄目になったらしい。にほんではこのように大きくなるコルクの木は珍しいというが、その珍しさを殆ど知らない。西地中海地方ポルトガルなどに主に生息するという。まだまだコルクを取るには年数が足りないようだ。コルクの木は地球に優しく環境の面からも見直されているという。

工場見学をした後ワインの試飲を相当種類できたが、アルコールに弱い私は試飲をしているうちにもうかなり酔いが回ってきた。酔いが回ってきた勢いでワインを結構買ってしまったが、ワイン工場としては宣伝と販売が目的でしっかり商売が出来ているのだろう。

どちらもハッピーでウィン・ウィンの関係であったのか?

桜の花の次は菜の花



3/7~8と南伊豆に行ってきた。既に南伊豆下賀茂・青野川両岸の桜は葉桜となっていた。やはり今年は暖かいからであろうか。桜祭りに観光バスで来る人達は大勢いるが、葉桜を見て帰るという感じでがっかりであろうと気の毒に思う。自然相手でその季節ならではの観光もなかなか難しい。

近くの畑一面(弓ヶ浜の手前)に咲く菜の花は何処に行っても今咲き誇っているが、まとまると結構見応えがある。南伊豆といっても丁度この7日~8日は全国的に寒さが強く結構吹く風も冷たかった。菜の花畑の後ろ側(弓ヶ浜方面)を望む景色がもう一枚の写真。

でもやはり春がそこかしこにやってきている感じがする。

一人暮らしをしている父の具合が少し心配で様子を見に行ってきた。もうすぐ89才となるがさすがに体のあちこちが高齢化の影響からかかつての面影が見られなくなった。体はエイジングしていても気持ちの持ちようなどについてはまだまだ見習うべき点が多い。いつも感心をする。あの年齢になってもへこたれない強靱さが何とも羨ましくパワーを貰う感じだ。何事にも弱音をはいたり沈んだりすることがないが、この年齢になってあまり頑張らないで欲しいと願う。今の時代に育った我々とはどこか違う。

Thursday, March 01, 2007

主要国のCO2累積排出量割合



ジェームズ・ハンセン コロンビア大学教授の研究論文発表によると産業革命以降の250年間に世界中から放出された炭酸ガスの累積は、下記の通りだという。(GlobalWarming:Connecting the Dots from Causes to Solutions (Dr. James E. Hansen 26 February 2007)及び読売新聞2/27より)

①米国  27.8% 
②中国  7.8%
③ロシア 7.5%
④ドイツ 6.7%
⑤英国  6.1%
⑥日本  3.9%
⑦インド 2.4%
⑧,⑨カナダ・オーストラリア3.0%

○他のヨーロッパ諸国18.3%
○他の世界の国々  12.5%
○船舶/航空機    4%

これを見るとアメリカが世界の中でも突出した炭酸ガス放出国であることが分かるが、今現在温暖化防止条約を批准していない。
しかし、徐々にではあるが危機感を抱くアメリカ人が増えていることも確かである。それは、アカデミー賞を受賞したアル・ゴア前副大統領の「不誠実な真実」(最優秀長編ドキュメンタリー賞、最優秀歌曲賞2部門受賞)やカリフォルニア知事のシュワルツネッガーらが積極的に余りか国民に訴えかけていることも功を奏しているといえる。

国連加盟国が192カ国?あるため9カ国(約0.5%弱)で65%を占めていることになるが、国の数で排出量を見るのは余り意味がない。人口割合で見てみると9カ国で約32億人で世界人口が63億人(2006年)であるため約50%の人口が65%の炭酸ガスを放出していることになる。これは中国、インドが含まれているため人口が多くなっているが、これら2カ国は絶対量としてどんどん排出量が急速に伸びていく国であることから、排出量はすさまじい量になるものと予想される。

ますます地球はどうなっていくのだろう?という気がする。東京は1mの海面上昇でも広範囲に渡って0m地帯が出てしまう。温暖化問題は先進国と発展途上国といった問題が絡み非常に大きな問題であることは確かだ。

Tuesday, February 27, 2007

CCBOXと交通混雑緩和って何だ?

C:Community,Communication,Compact
C:Cable
BOX:Box だそうだ。

一つ目の「C」には、"地域社会"、"通信"、"小型・軽量"の3つの意味があり、
二つめ、三つ目はCable Boxでケーブルを入れる箱で、電線類のみを収容する共同溝というのだろうか?
この共同溝の呼び方は地域によって異なり、関西では、"電線共同溝"、関東では"CCBOX"と呼ぶ傾向が強いという。しかし、CCBOXという呼び方を知らなかった。

都市型災害対策や管の老朽化対策の促進、シールド工法、内面被覆工法、管の取替・更正の非開削工法等積極的活用及び新技術の導入等により電気、ガス、水道共同溝に纏められたものに対する増設・改修工事等の時期を調整することにより道路状況を悪化させないで済むようになってきている。

都内の道路混雑は、まだまだどこに行っても免れられない状況ではあるが、一時期に比較すると少しは解消されてきている気がする。道路混雑は工事による影響も大きいが、一方では、信号機の赤・青時間の適切な間隔管理がなされていないことによるものも大きいのではと普段から感じている。また、都心の中心部を通過するだけの車が入ってこなくても目的地に行けるような道路整備なども行われてきている。

この道路工事による混雑解消対策について東京都は結構取り組んでいることを知った。この報告書(新たな東京都区部路上工事縮減五箇年計画)
によると

東京都は、23区の道路混雑の緩和策としてH4年に比較し、H14年度は道路工事規制の半減を目指して半減させたそうだ。しかし、縮減されているという実感がないといった道路利用者の不満の声がある。

そこで更にH14年に比しH19年度までに20%縮減する目標を立てているそうだ。報告書によると、H14年度の規制日数は、124,440日であり、
H14年度規制時間(推定)は、1035時間/km・年
年間規制時間(時間/km)=工事日数×道路使用許可申請時間/道路延長=124440日×9.0h/日/1,082km=1,035.1時間/km

※道路使用許可申請時間は1工事当たりの概算実績値
 道路延長は国道(10路線):164km,都道(137路線):921kmだそうだ。

この1035時間/kmを多いと見るか少ない(減った)と見るか各々立場立場で当然異なると思う。だがしかし、一般にいわれる掘り返しては戻し、また掘り返すという光景が減ってきていることは確かだろうと感じている。これが電気、ガス、水道など電線共同溝のお陰なのか?

次は、都内の交通信号間隔の地域のミクロ的な都合による設定から、都心全体としてのバランスの取れた信号時間間隔として全体最適(適切)に向けた取り組みに是非向かって欲しい。人がいてもいなくとも、車が多くても少なくとも常に一定間隔の信号時間は何ともエネルギーを無駄にしているし、炭酸ガス排出を助長している気がする。

Saturday, February 24, 2007

ついに赤ちゃんポストの無責任世の中?

赤ちゃんポストを国が容認する記事が出てきて初めてこの用語を知った。そもそもこれはなんなのだという疑問。新聞を読んでみるといろいろ考えさせられる。

読売新聞2/23朝刊を読んでみると熊本市慈恵病院でのこと、親が養育できない新生児を預かる国内初の「赤ちゃんポスト」の設置だという。

厚生労働省は、「明らかに違法とは言い切れない」として認める事を市側に示した。但し、一律容認ではないという。

これは生まれてしまった新生児にとっては生命・身体に危険がさらされることは外見的にはなくなると思うが、そもそも論が違う気がする。

失われる生命が助かる、児童虐待防止法、保護責任者遺棄罪への抵触の問題など色々取りざたされているが、前述の国の弁。

法律の解釈は、そもそも論が現実に合っていない感がする。生まれたばかりの全く生きる術を知らない赤子を、育てられないからといってその後の何の保障もなく手放(放棄)してしまうこと自身が児童虐待そのものであり、保護責任者遺棄罪にどっぷり抵触するくらいの法律であって欲しい。

読売新聞 朝刊一面コラム「編集手帳」第11集(中公新書)辞書を読めの中に「親」→その人を生んだ(と変わらぬ情愛をもって養い育ててくれた)一組の男女。
「子育て」→親としての責任を負って、生まれてから身の回りのことがひとりで出来るくらいになるまで子供の世話をすること。
このようなことが書かれている。ここでも新明解国語辞典の編者は、親とは名ばかり、子育てのなんたるかを知らぬ人の多い世を嘆き、痛憤の念を込めて採録したのだろうという。(7月8日)

「滋賀県長阪優奈ちゃん(2)は、頭から熱湯を浴びせられ、棒でたたかれ死亡」、「秋田県米山豪憲君殺害の畠山鈴香は自分の長女彩香(9)ちゃんを橋の欄干から突き落とし殺害」、橋の欄干から眼下の川面に落ちていく数秒の恐怖の中で、誰に救いを求め、誰の名前を呼んだんだろう。「おかあさん」、それ以外にはなかっただろうに。(同上 7月18日)

このような記事を読むと本当に心が痛む。ほんとうの「美しい国日本」にして無責任な世の中、荒んだ世の中をなんとかなくしたいものだ。

Wednesday, February 14, 2007

ソフトパワーとは?

「ソフトパワー」という概念はハーバード大学教授のジョセフ・ナイ(1990年)によって初めて提示されたという。「ある国が、自国の望むことを他国も望むようにさせることによって、望ましい結果を得る能力」で、特に重要なのは、文化や価値、イデオロギー等の魅力であり、国際社会における課題(アジェンダ)設定能力だという。

ソフトパワーとは、より微妙で間接的な力の行使の形態。たとえば、BがAにとって望ましい行動をとることが自らの利益になると考えて、自発的にそうする場合には、AはBにアメやムチを使って直接的にBに働きかけなくとも、自然に好ましい結果を得ることが出来る。

あるいは、Bが、Aにとって望ましい行動を促進し望ましくない行動を抑制するような規範や制度に従うことが自らの利益になると考え、自発的にそうする場合にも、Aは望ましい結果を得るために、ハードパワーを行使する必要がない。

ソフトパワーとは、「命令や強制によってではなく、自分の持つ魅力によって、そのような状況を生み出す力」のことだという。(ポストIT革命 ソフトパワー 日本の復権への道 竹中平蔵著より)

日本のソフトパワーって何だろう?
ある人は、日本の銭湯(温泉)文化やウォッシュレット文化がその一つだという。
これは、銭湯は見知らぬ人と並んで裸で湯船に浸かるという行為は単純だが、ここが日本らしさを感じさせているという。それは、単に風呂や温泉設備が整っているだけではダメで、比較的安全でそこにいる人達の信頼関係が保たれた公共の場と衛生を心がける姿勢、自然と身体についてのきちんとした考え方が欠かせないという。銭湯(温泉)に入った後は誰もが、何とも言えず穏やかでゆったりしたいい気分になる。清潔感と充足感から自然と気分が高揚し、心身共にリラックスした状態になる。

また昭和の時代(1926~1989)、トイレは地面に掘った穴の上にかがんで用を足す汲み取り式から「ウォッシュレット」まで進化した。コンピュータ制御されたビデ付き便器で、温水や冷水での洗浄、温風乾燥などの機能を備え、使用音を消すための効果音やMP3形式の音楽再生が出来るものまであるという。近い将来は、尿検査や妊娠検査機能も組み込まれるという。

ある技術が普及するまでの流れはさまざまで、自分たちの文化習慣を押しつけることもあるが、魅力的で選ばれていくような力は、即ちソフトパワーだ。

日本に住んだある外国人がなくてはならないと思うものに銭湯の文化とウォッシュレット文化だという。(銭湯とウォシュレットにみる日本の「ソフトパワー」より)

Tuesday, February 13, 2007

AN INCONVENIENT TRUTHを見て

不都合な真実」を漸く見ることが出来た。
六本木ヒルズのTOHOシネマは狭い所のためか、当日券は今回も売り切れていた。2/4に行った時はやはり売り切れていたため見られなく、2日前からの前売り券を買ったが、連続席は昼前だというのに既になかった。

人間の産業活動から排出される炭酸ガスや他のガスにより地球が温暖化していることを多くの科学者は認めているという。地球温暖化の原因や今地球で起きている事、或いは起きようとしていることについてAl Goreはシンポジウム、講演、大学の講義形式的なさまざまな形で真剣に訴えかけている。

温暖化の原因は我々にあると。
・パタゴニアの75年前の姿(風景)(南米南端地方アルゼンチン・パタゴニアとチリ・パタゴニアがある) 
・キリマンジャロ(アフリカ・タンザニア)の30年間と昨年の雪の量比較と今後10年で雪は消えるだろう
・ハリケーン・カトリーナがニューオリンズに上陸等カテゴリー4や5の巨大ハリケーンの数がここ30年で倍増した
・海抜2000m以上のアンデス山脈でマラリアが拡大
・グリーンランド氷河からの氷の流出は過去10年で倍増
・動植物の約300種は温暖化により追い詰められている

更に今後温暖化が継続すると悲劇的な結果を招くと。
・北極の氷が溶けだしやがて海面は6メートル以上上昇するする。するとフロリダ半島は水没し、世界貿易センター跡地も海の底となる。犠牲者は上海で4000万人、カルカッタで6000万人
・避難民の数はやがて1億人に達する
・頻繁な熱波の襲来
・頻繁な干ばつや野火の発生
・百万種以上の生物の消滅 などなど

1000回以上の講演をこなしたという。
Al Goreは訴える。我々はこの地球温暖化をくい止めることが可能だと。小さなことの積み重ねが大きなうねりとなり地球温暖化をくい止められる。今、何らかの行動を起こす時期に来ていると訴えている。

また、Al GoreとBranson(英国億万長者)が温暖化ガス削減(Greenhouse Gas-Reduction Prize )に貢献した人に日本円で約30億円もの賞金を設定したと。

Monday, February 12, 2007

賞味期限,消費期限の何を怒った?

不二家の消費期限切れの牛乳などを使った洋菓子の製造・販売は、いったい何が本質的な問題だったのだろうか?また、マスコミや販売店、国民は何に怒りをぶつけているのだろうか?特に新聞、テレビなどのマスメディアは鬼の首を取ったかの如きボロクソ不二家といった報道・こき下ろしぶりは常軌を逸しているとさえ思える。

不二家は、何を問題と思い、何をどこまで改善しようとしているのか?品質管理は倫理観や企業態度や会社姿勢などオールオーバーな形で、その時々の社会通念、社会観念を先取りして変わらなければいけないのだろうか?社会の観念・通念はある意味シームレスな所を持っていて少し時間を区切ると変わっているということに気がつくことが多い。確かに品質管理をしっかりすべき点は多いと思われるが。

山崎製パンから品質管理などの技術支援を受けているという。
ただ品質管理と一言でいうと余りに大括り過ぎてそもそも品質とはなんぞやということ、何の品質なのか?からしっかり定義しないとわかりにくい。

食品安全の観点から賞味期限、消費期限の表示義務があるというが、賞味期限、消費期限が過ぎたものを使って食材を加工した場合には、直ちにJAS法、食品衛生法違反にはならないと言う。また、賞味期限、消費期限の設定は、企業に委ねられているという不思議な代物。

読売新聞によると
「消費期限」は、弁当、総菜など、製造・加工から概ね5日以内に消費する傷みやすい食品が対象で安全に食べられる期限を示している。
「賞味期限」は、缶詰やレトルト食品など、製造・加工から概ね6日以上日持ちする食品に表示され、安全性や味など品質を保証する期限を示している。

食品の日付表示はかつて、「製造年月日」を示していたが、製造流通技術の進歩で品質保持期限を示した方が消費者に有益だととの観点から1995年に切り替わったという。

食品の安全とは科学的にどの程度のレベルのことをいうのか、どのような根拠に基づくデータが求められているのか、不二家の問題からもう少し掘り下げた問題点を明確にするような意見が出ないのも不思議な気がする。もう少し大腸菌の数の変化などこれを過ぎるとどうなっていくのかを詳しく知ることが出来るようにして欲しい。厚労省が言うように1日でも過ぎたから食品が直ちに食べられなくなる訳ではないというコメントでは分からない。それ程重要な問題との認識がある法律なら、もう少し規制側の曖昧さ、不作為的な態度の責任が問われるべきとも感じる。世の中このような事が多いような気がするが気のし過ぎか?

Saturday, February 10, 2007

LOHASについて

Lifestyles Of Health And Sustainability(健康と持続可能性の(~を重視する)ライフスタイル)の略。1998年、アメリカの社会学者ポール・レイと心理学者のシェリー・アンダーソンが、15年にもわたる調査により、カルチュアル・クリエイティブズ(en:Cultural Creatives)と呼ばれる環境や健康への意識が高い人々の存在を確認したことを元に、レイらが協力して開発したマーケティングコンセプト "LOHAS" であるとWikipediaにある。

アメリカでは「LOHAS」という「言葉」自体殆ど使われていない。「LOHAS」という「言葉」は、アジア(日本、韓国、台湾)から発信されていると。

ここで「環境や健康への意識が高い人々」ということについては、もう少し説明がないと理解できない。そこでもう少しWikipediaを見てみると「LOHAS」自体が元々のコンセプトが持つ意味合い(商業的コンセプト)と、日本での使い方(商業的が元か地球環境が元か)がどうも混同されている嫌いがあると。

最初聞いた時に、例えば産業革命以降突き進んできた大量生産設備などで所謂大量生産、エネルギーの大量消費といった現代社会自体がもつ生活スタイルを今後もこのまま続けていくと、本来の地球環境(自然(動植物・気候など)と人間の共生)を確保していくことが難しくなる。これらのことから今の人間社会の生活スタイルそのものをダイナミックに変えていかないといけない。このままの状態ではもはや地球環境と人間社会の共存共栄という持続可能な形で共生していけなくなるというような事を想像し感じたがちょっと違うようだ。

もう少し「LOHAS」の持つ意味を明確化するとともに、ライセンスビジネスなどの胡散臭いやり方を引き下げるべきだと感じる。アメリカのサイトを見るとLOHAS自体をマーケットやビジネスとしていくやり方が多く目に入る。もう少し根本的なことから取り組むべき取り組み方(大きな枠組み)があるような気がする。地球環境の維持を図っていくためには何が一番問題となっているのか、どのような事なら合意を得られるのか、次に個々の活動や意識に訴えていくと、微力ではあってもそれが大きなうねりとなれば結果として大きな効果を出せる。それは正にCOP3といわれる京都議定書でもあるものと思われる。ライセンス認定されたものでビジネスをする(それ以外は認めたくない)という事自体大量販売の発想から抜けていない気がする。

Thursday, February 08, 2007

温泉の効能

2/6読売新聞に「現代温泉考」という記事があった。旅に出かける時はやはり温泉がない所にはあまり行く気がしない。また、田舎に帰ってもやはり温泉にはいることが多い。

そんな中、八幡平(秋田県側)玉川温泉についての記事があった。玉川温泉については、岩盤浴として話で聞いていた。pHが1.05というから非常に強い酸性だ。(胃酸も強力な酸でpH1~2だというからいかに強い酸か分かる。抗ガン剤を打ちながら来た手の施しようがないと医師に告げられた人など結構口コミで方々から集まってくるようだ。

これら温泉の効能は未解明な部分が多いという。北投石は微量のラジウムを含み、田崎和江金沢大学教授(地球環境学)らが2003年に測定したところ、通常の生活環境の18倍~24倍の放射線を検出したという。田崎教授は、「放射線治療に似た効果が、病の進行を遅らせるのかもしれない」と推測するが、メカニズムは不明だという。

温泉の効能はどの程度解明されているのかというと臨床的には各々の医療機関で新しい温泉の効果が研究されてきているというが、一方で科学的に把握しきれない効能もあるという。そういった中でも新たな研究成果を環境省は、25年ぶりに泉質ごとの適応症や禁忌症の基準を見直すという。

現在の基準は主に、湯治場の言い伝えや経験則から「塩化物泉は切り傷、慢性皮膚病に効く」などと決めていたという。
今回は、医学的に根拠を検証し、2008年度にも新基準を策定するという。

ここで特に日本人は不思議だなと思うことは、温泉の放射能、つまりラドン温泉などというと濃度が高い方がいいという感触を大勢の人が持つ。一方で温泉以外の放射能とか放射線というと温泉水の放射能濃度より低いレベルの放射能でも危険だ捉えているようだ。

地球上の平均的な人が1年間に受ける放射線量(被ばく線量)は大地から0.5、宇宙空間から0.4、食物から0.3、呼吸により1.2mSvで合計2.4mSvだという。

先の温泉地の放射線(能?)が通常の18倍から24倍を検出したという。これは放射能の濃度なのか放射線なのか分からないが、この地にずっと住んでいる人は平均的な放射線量より高くなる可能性があるが、この程度の放射線や放射能による人体への影響は発生しない。

放射線や放射能は即危険だ、怖いという事ではなく正しい知識を教える機会があるような気がしている。低い放射線量率による人体への影響は細胞の活性化に繋がりホルミシス効果があるという。

Tuesday, February 06, 2007

元気を作る-正しい姿勢

2/6の読売新聞に「「元気を作る」人生90年 」の記事が掲載されていた。日本人の平均寿命が男性79歳、女性85歳で上昇傾向は続いていると。90年時代に向かう人生をよりよく生きるための若さの秘訣について書かれている。
俳優長塚京三さんが意識しているのが「姿勢」だそうだ。確かに姿勢を良くしようとする意識が非常に大事だと私も感じていたが、最近座った時に姿勢をしっかり保つのには普段からの筋肉の鍛えが必要なのかという感じがしてきた。

アンチエイジング(抗加齢)医学の世界に、「三筋後退」という言葉があり、加齢と共に腹、上腕、太ももの3カ所の筋肉が衰える現象を「参勤交代」をもじって表現するという。猫背になり、下腹とあごが前にでる老人の姿だという。

NPO法人「アンチエイジングネットワーク」朝倉匠子氏によると
背筋を伸ばして胸を張る。あごは床と平行。下腹を引いてお尻をすぼめ、肩はいからせない。姿勢がいいと大きなおなかや肌のシミは視野に入らなくなるそうだ。

正しい姿勢を意識して過ごした研究によると、2ヶ月後には腹と尻のサイズは減少。目をつぶって片足で立てる時間が大幅に延び、肩こりは解消し、体調も改善したと。

また、米国マサチューセッツ総合病院の酒井リズ智子医師によると
姿勢を正すと、背骨と太ももの骨をつなぐ大腰筋や、背骨を支える脊柱起立筋など、体の中心部の体幹筋肉が鍛えられ、エネルギー代謝と血流も改善、健康度が増すという。

体幹筋肉はここ数年、欧米で最も重要視されるようになった筋肉だと。スポーツ選手の競技力向上だけでなく、高齢者の転倒防止には、強化が欠かせない。また、こうした筋肉に、呼吸が関係していることも少しずつ分かってきたという。

東邦大医学部有田秀穂教授(統合生理学)の研究では、一定のリズムで腹式呼吸を続けると気分を安定させる脳内物質セロトニンの分泌が増えるという。セロトニンは、脊柱起立筋など、重力に逆らって身体を支える「抗重力筋」に作用する。

姿勢を良くすることによる効果は気分的にもありそうだと感じていたが、今日の新聞を読んで普段何気なく過ごしている「姿勢と呼吸」の大切さを改めて見直してみたい。因みに昨年末より健康太極拳を始めたが、この良さの実感がまだない。動きだけにとらわれていて呼吸まで追いついていっていない。

サラリーマン川柳100選

第一生命が行っているサラリーマン川柳入選100作品が発表されたとNHKのテレビニュースで見た。早速第一生命のHPを見てみるとその時代時代を反映し、社会や会社、家庭を皮肉ったりレトリック的にしか表現できないのが何ともいえない所でもあるが、ウィットを感じさせる川柳もあり結構楽しめる。

私もサラリーマンであるから、そのサラリーマン社会の悲哀さ、そこに関わる社会と家庭など現代社会のある一面の縮図を良く表現してるように思えて共感するところも多い。

それにしてもうまく表現されていていつも感心する。
昨年の川柳のベスト10のなかで面白いものは、

第一位:昼食は 妻がセレブで 俺セルフ(一夢庵)
第三位:ウォームビズ ふところ常に クールビズ(環境財務大臣)
第六位:片付けろ! 言ってた上司が 片付いた(清掃業者)
第七位:痩せるツボ 脂肪が邪魔し 探せない(雪乃このひとりごと)
第八位:ダイエット 食費以上に 金かけて(蓮華)

幸いというか私の所は、妻もセレブ(celebrity)の気分になれるほど余裕がないのが何よりの救いとなっているが、世間ではこのような話を良く聞く。

今年の100選の中から今後投票されて順位が決まっていくが、面白いものを覗いてみるとこんなのがある。

○「直帰する」 妻の返信 「えっ!困るー!」(妻にもアポ取り)
○うちのママ 家庭科少し 履修漏れ (大江山の鬼)
○妻・子・俺 格差社会は 我が家にも (ひら夫)
○脳年齢 年金すでに もらえます (満33歳)
○覚えたぞ 既に機能は 次世代へ (ITしらず)
○登校を しぶる息子は 現役教師 (スクールカウンセラー)

Sunday, February 04, 2007

気候変動に関する政府間パネル第4次評価報告



2007/02/02にIPCC(the Intergovernmental Panel on Climate Change)は、地球温暖化に関する第1作業部会の第4次報告「気象変動-自然科学の論拠」を発表したと読売新聞にあった。

この地球温暖化は何に起因するのかそもそも論が科学者の間で議論されてきて、一部の科学者は因果関係が証明されていないということからアメリカ・ブッシュ大統領は京都議定書を批准しないとのスタンスをとり続けてきた。

今回の報告書では、①平均気温や海面水位の上昇などから、気候システムの温暖化は疑う余地がない、②20世紀半ば以降の温暖化は、人間活動による温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性がかなり高い(第3次報告より踏み込んでいる)

これは、過去100年間の平均気温が0.4℃上昇し、同0.6℃とした第3次報告書に比べ、温暖化が加速している事を指摘しているという。

今後の予測では、①省エネに転換した持続型の社会、②化石燃料に依存したままの社会、③非化石エネルギーを重視した社会・・・等6つのシナリオを想定。これら持続発展型社会を実現できれば、今世紀末の平均気温の上昇を1.1℃、海水面上昇を18cmに抑制できる可能性があるが、最も温暖化が進む化石燃料依存型社会では、平均気温は最大6.4℃、海水面は59cmと予測されている。

この他、北極海の海氷は21世紀後半の晩夏にはほぼ消滅、猛暑や熱波などの異常気象の増加、台風の大型化、海水の酸性度pHが0.14~0.35下がり海の酸性化の進行等あらゆる所へ影響が広がるという。

作業部会議長のソロモン氏は「温室効果ガスと地球温暖化の行方は、今後の社会のあり方をめぐる選択にかかっている」と述べ、先進国、発展途上国いずれも強いリーダーシップのもと世界が協調していくべき難題を抱えていることは間違いないものといえる感じがする。

さて世界はどうする?どうなる?自国の主張(エゴイズム)の強い国がやはり一時的に得したつもりになるのか?結果として天につばを吐くことになるのか見所であるが、そんな悠長な高みの見物をしている場合ではない。自分たちに何が出来るか、何をしなければならないか一人一人が考えるべき時に追い込まれているということか?

上のグラフ:大気中の炭酸ガス濃度の推移
下のグラフ:地球温暖化予測のトレンド

Monday, January 29, 2007

デジタル・デバイドとデジタル・オポチュニティー



(Digital Devide & Digital Opportunity)
2006年のインターネット白書によると家庭からの日本のブロードバンド世帯普及率が約41%(2006/2時点)になり、インターネット人口は約7000万人(前年比約350万人増加)で伸び率は5.1%だという。
また、インターネット浸透率(利用場所、接続機器を問わずネット利用者がいる世帯の比率)は、約85%となっているが、インターネット世帯普及率(「勤務先/学校のみ」「携帯電話/PHSのみ」を除き、自宅の機器でのインターネット利用者がいる世帯の比率)は約57%だという。。(以上はインターネット白書より)

上記の数字を見て技術立国として世界に互して戦っていけるのだろうか?インターネット世帯普及率がやっと半分を超えたという程度である。

また都道府県別インターネット人口普及率をを見ると全国平均49.7%でやっと半分となる。県別では、全国1位は香川の71.7%、2位は東京62.2%、神奈川の59.7%、最下位は青森26.8%となっている。(以上はHonkawa Data Tribune 社会実績データ図録より)

これを見ると所謂デジタルデバイドということが都道府県別に見てもその差の大きいであろうということが気になる。このような現状を総務省はどのように考えているのだろうか、単なる県の問題ではないという気がする。
図では、携帯電話によるインターネットの人口普及率が中間線で示されているが、インターネット普及のかなりの部分が携帯電話のインターネットによっている。中間線より上はPCなど携帯電話以外の機器のみによるインターネット普及率ととらえられるということは、本格的なWEB利用はまだまだこの数字が示すより低いものと思われる。

お隣韓国の約2年前のデータでは、インターネット(人口?)普及率は男74%、女62%だというから、日本は大分遅れていることになる。

特に高齢化社会を迎えようとしている日本では、高齢者がむしろインターネットを使い日常生活が済まされるようになる工夫が必要だと思われる。そのためには、もう少しデジタル・オポチュニティー(情報機器を使う普及活動)の機会を増やしていくことが必要ではないか。

米国ではかつてインターネット等の利用度について見みると、たとえば、年収が1万5000ドル未満の世帯では、コンピュータを使って学校の宿題をやっている子供の割合は29%に過ぎない。対照的に、年収が7万5000ドルを超える世帯では、77%の子供がコンピュータを使って宿題をやっているとの記事あった。

インターネット時代において、コンピュータ操作能力・技術的知識・貧富の差によって「情報を持つ者」(information haves)と「持たぬ者」(information have-nots)の格差が広がり、教育や就職、経済活動に影響が出始め、問題が深刻化したという。

上図
下図

Sunday, January 28, 2007

共進化とは何か?

共進化とは本来生物の進化における概念であったと。
ところが経済分野における発展を促す概念としても使いやすくなったそうだ。

企業と国の共進化という面では、企業の発展による利益の増大が、税金の増額と消費の拡大をもたらすことで国の豊かさに貢献し、国が進める社会インフラの整備や補助金による先端技術の開発などは、直接的間接的に企業の発展に寄与していくという。

従業員と企業の関係についても、収穫したパイをどちらがより多くとるかで、競合関係に陥りがちな従来的な考え方を打破する事が出来るという。

従業員は、自分たちは企業から搾取される弱い存在だから、自分たちの生活を守るために、企業から正しく賃金を得るようにしないと損をする。

企業は、従業員は本来怠け者であるからきちんと働いたか注意して監視しないと、賃金を無駄に払ってしまうという心の奥では対立している関係であったと。
(以上はウェブ新時代の口コミ戦略 PHP新書 小池晋一より引用)

ところが今の日本の企業景気の好調さと一般家庭の懐具合や国民意識からして本当に共進化といえるのだろうか?

私は、小泉政権というより小泉純一郎の政治のやり方に対してある意味賛辞を送っていた。それは旧来の自民党の派閥政治と利権政治をバッサリと切り捨てるなど今までの自民党とは違うという点が感じられていたから。

しかし、所得格差の問題(パートや派遣社員など非正規雇用の全国400万世帯、人口にして約1000万人のworking poor問題)や消費税の議論回避(先送り?)の問題に対しては、もう少し真剣に問題解決に向けた対応をするのかと思われた安倍晋三政権にあっては、甘そうなマスクと目指す「美しい国日本」の言葉が示すフィーリングと行動が同じベクトルを向いているとはとても感じられない。何とか共進化に向かえる政策遂行を願わずにはいられないが、働いても働いても暮らしが楽にならない人達(ワーキングプア)の現状を打破することは、後戻りしている自民党政権にそれを望むのは難しいのか?
唐突なホワイトカラー・エグゼンプションの問題、企業減税の問題なども全体バランスを欠いた議論に見えてしょうがない。

共進化について

税徴収の公平性と使い方の透明性(合理性)って何だ?

サラリーマンであれば源泉徴収されるのが当たり前という感覚がある。経費として認められるものは、社会保険料、生命保険、損害保険、配偶者控除、扶養控除、基礎控除といった所で収入からこれら控除されたものに対して課税される所得金額となる。ところが青色申告事業者や法人にあっては、収入から経費を差し引いた金額が課税所得となる。

企業は国内外を問わず競争の激しい世界で生き残らなければ我々サラリーマンの給料も出ないことになるが、しかし、経費の計上の仕方に色々問題がある気がしてならない。しかしサラリーマンは決められた通り一律の控除で税金を払えということが継続されてきている。

戦後復興が終わった以降も相も変わらぬ公共事業の大義名分の基で湯水の如くの使い方、つまりどんぶり勘定のツケがH18年3月末で国+地方自治体の借金(約830兆円+170兆円≒1000兆円)となっている。

これらに加え政治資金や議員歳費の額や使い方はどうかと問えば、これが未だに国会議員から県知事、国の政策官僚、地方議会や議員に至るまで何時になっても自覚や透明性が見えてこない。これはお互いが刺し合う構図が見えているため敢えて触れてはいけないこととの暗黙の了解があるのか?そもそも自分の給与を自分で決めることが当然のこととしてまかり通っている。

一方選挙民にあっては、自分が選んだ政党や議員が本当に国民のためになっているのか、しっかりした仕事をしているのかチェック出来ずオンブにダッコで甘い話や目先の利益誘導型ニンジンの方向性ばかりを向いてきた。

企業は本来税金を払って一人前の社会貢献である筈。国からの公的資金投入を受け、空前の利益を出しておきながら税金も払わないのに政治献金をしようなどという発想がおぞましい。

石原都知事が導入した銀行に対する外形標準課税つまり応益負担(公的サービスを多く受けている所に多く税負担して貰う)の導入を国として何故出来ないのだろうかと思う。

「竹中教授のみんなの経済学」によればスティーブ・ランズバーグが「フェアプレイの経済学」という本に子供に説明できないことは、ごまかしだとして、経済の様々な仕組みについて小学生に説明しようとしても税のことはどうしても説明が出来ないという。この応分負担は説明が非常に難しいという。難しいといっても現に制度として徴収し財政運用している以上しっかりした説明責任(徴収の公平性と使い道の透明性)を果たして貰いたい。

Thursday, January 25, 2007

所得格差の広がりはどう表す?



小泉政権が出来た以降所得格差が広がっているというがいったいどのような数字で表すのか知らなかった。バブルの時期は1億総中流家庭(意識)以上と感じて、実際には良し悪しのとこともあったが閉塞感は殆どなかったような感じを持つ。

そこで、所得格差を表す1つの指標としてジニ係数というのがあるという。1億2千数百万人を一番所得の低い方から順に並べていくと最後は日本一の所得を持つ人となる。これを低い方から累積をとり足し合わせていく。この累計をグラフ化していくと右肩上がりの弓形になっていく。もし所得格差がなければ直線となる。湾曲が大きいほど所得格差が大きいことを示す。この直線でできる三角形の面積に対する湾曲の面積の比率をジニ係数というそうだ。ジニ係数はゼロから1までの範囲をとる。(ジニ係数はその出し方により変動するため、比較をする場合は、同じ考え方により算出したものの比較が必要のようだ)

1980年代半ばのジニ係数は、約0.32で所得格差がない社会であったと。ところが最近は、0.4に上がっているという。10年間で0.1上がるのは非常に大きい変化だという。

その他の所得格差の表し方として、単純に所得を1段階から10段階まで分け各々の段階の平均値の比率を用いる方法があるという。日本はアメリカよりやや平等な社会であるが、ドイツやイタリアより遙かに日本の方が格差が大きいと言う。控え目に見ても日本は特別平等な国とは言えないという。

「竹中教授のみんなの経済学 幻冬舎文庫より引用あり」

グラフ上:所得格差の国際比較
グラフ下:所得水準と貧富の差の相関図

Sunday, January 21, 2007

箱根大平台みなと荘へ



1/20~21にS.C 御成門の新年会が箱根大平台みなと荘で開催された。
20(土)は雨予報がされていたが、新宿をお昼に出発する頃はまだ曇り空で雨は降りそうにもなかった。ロマンスカーで箱根湯本、箱根登山鉄道で大平台といく途中雨がぱらついていたが、大平台に着く頃は止んでいた。

電車に乗り込むやいなやお酒を飲む人、お昼のお弁当を食べる人で賑やかにしていたら1時間半はあっという間に過ぎてしまった。宿に着く前にすっかりできあがってしまった人もいた。

夕食後は久しぶりの宿泊であったため、1時頃迄飲んだり話したりで女性の方は久しぶりにのんびり出来たとご満悦だった。男性軍も会社繋がりのない人達との気楽な関係のためかフラストレーションの発散ができた人もいたようで結構楽しんでいだ。

それにしても箱根の休日は、人・人・人で鉄道も観光地もごった返している。今の時期はやはり温泉目当ての年配客が多い気がしたが、若い人も結構いる。日本の家庭経済力はなんと底堅く・力強く推移しているのだろうという一面を見たような感じがした。

帰りには、箱根湯本で「湯もち」という銘菓があるというのでお土産に買ってみたが、軟らかいもちで結構な味を楽しめた。

このような和気あいあいとした新年会で、皆今年も健康で楽しく泳ぎたいという目標を掲げ、水泳を通じた健康増進・体力増強を目指して行く決意を新たにしていたようだ。

Saturday, January 20, 2007

心臓の容量(能力)は?

前回ほ乳類の一生涯の心拍数は、約20億回と記したが、我々一生涯の心臓(血液ポンプ)の血液輸送量ってどの程度になるのか?
驚くなかれこれは世界最高の高信頼・高耐久性ポンプである。人間の心臓重量は、大体体重の200分の1くらいといわれる。例えば、65kgの体重の人→65kg×1/200≒300g程度だという。たったこの程度の小さな心臓でも次のような働きをしている。

一日の心臓鼓動数:60回/min×60min×24hr≒8万6千回/日
一生涯の心臓鼓動数:1日×365日×80年≒25億回/80年間

一日の心臓の血液輸送量:60㍉㍑/回×1/1000㍑×60回/min×60min×24hr≒5ton/日
一生涯の心臓の血液輸送量:1日×365日×80y≒15万トン/80y

従来から心臓細胞は生まれた時の数が最大でそれ以上増えることがないといわれてきている。しかし、最近の研究では、心臓細胞もわずかながら再生されているのではというようなことがいわれているようだ。

人間の体の細胞は酸素が不足したり、栄養分が足りないなどの理由で死んでしまう。特に心臓や脳神経細胞は一旦死んでしまうとほぼ再生されない。例えば、数分間心臓が止まり、血液が全身に輸送できなくなると赤血球は新しい酸素を脳に運ぶことが出来なくなり、ただそれだけで脳神経細胞は死んでしまうという。

このように体にとって本当に重要な役割を果たしている心臓は大事だというが、具体的な細かなことを考えたり、思いめぐらしたりするとその重要性が身にしみて理解が出来るようになる。

東京理科大学教授 久保寺昭子著 「からだのしくみと放射線」より引用

Monday, January 15, 2007

動物の寿命は何歳まで?

人間はいったい幾つまで生きられるのかと誰しもが考える。一方、ただ呼吸をして意識もなく生きているだけ、生かされているだけではその状態をなんと呼ぶか人によって捉え方は異なる。

・最も長生きした人:120才 (泉 重千代:1865.08.20~1986.02.21鹿児島県徳之島元世界最長寿人物(男性))
・ゾウは70年
・ハツカネズミ3年
・体調1mm線虫3week

だという。
この寿命に対するいくつかの学説があるが結構面白い。

1.骨の成長に要する期間の6倍説
 犬は、骨の成長に2.5年を要する→寿命は15年
 人間の骨の成長つまり身長の伸び20歳前後→寿命120年

2.特に雌の寿命は生殖可能な時期が終了してから子供が一人前に育つまでに必要な期間を加えた年数。次の世代が育ったら自分自身は生息場所を提供するために消えていく→生物学的原則
 人間:生殖可能な時期(閉経)50才で閉経し子供の成長20年とすると70才

3.ほ乳類の一生涯の心拍数は約20億回(15億回という数字もある)といわれる。
 これ(20億回)から計算すると
 人間 (心拍数60/min):63年 
 ネズミ(心拍数600/min):6.3年 
 ゾウ (心拍数70/min):54年

上記1.のように最もらしい事が言われているが、科学的な裏付けはないそうだ。(でも結構言い当てている気がする)
2.も現状と異なる。従って、このような学説は当てにならないのか?(現状子供が何時になっても一人前に育たないため中々死ねなく高寿命化しているのか?)
3.では人間の最長寿120才は別として、平均寿命80才とすると25億回となり生物学的に揺らぎの範疇にはいるのか?いずれにしても120才は稀に見る特異的な人である。縄文時代の寿命は、31年程度だったという推測もあるそうだが、15~16才で子供をつくってある程度子育てして次の世代に譲るという循環だとするとそんなものかという気がするが、まだまだ寿命の学説は明確ではないが、DNAの解明が進み分子生物学の進歩・発展により解明される日が来るのかどうか興味深い。

Saturday, January 13, 2007

外国人入国者数

読売新聞によると2006年の外国人入国者数が810万人を超えて2005年745万に比し65万人増加したそうだ。このうち新規入国者が673万人で韓国、台湾からの観光客ビザ免除、中国からの団体旅行受け入れなどが影響したとのこと。

確かに最近都内で韓国語、中国語を話している人達が多い気がする。そんな中でやはり気になる点は習慣の違いなのか、はたまたマナーが良くないというのか電車の中で大きな声で会話、混雑時も余り周りを気にしない身の置き方、秋葉原で電気製品購入時に成金的に映る買い物姿や対応など。

日本人がかつて海外旅行を始めた時のことを思うとあまりいえないが、日本人が海外に出かけた当時と比べてみるとまだ温和しいといえるのかもしれないがやはり気になる。農協さんご一行が腹巻きに札束を入れて出かけた時期は受け入れ側の国民は同じような気持ちになっていたのだろうとおもうと恥ずかしい。

入国者の内訳を2005年の数字で見ると、1位:韓国27%(200万人),2位:台湾18%(131万人),3位:米国11%(85万人),4位:中国10%(78万人),5位:香港3%(25万人)と続く。韓国がトップで台湾が続くというのは知らなかったが、よくよく見れば前述したことから推測できる。2006年はこの比率がもっと増えているのか。

一方、日本人の出国者数は、2006年は1750万人を超えて3年連続の記録更新だというが、伸び率はほんのわずかだという。これは国際線の値上がり、円安などが影響しているという。
これだけの数の日本人が海外に出かけているが、少しは国際的なマナーを身につけてきているのだろうか?今の国内の風潮をみているときわめて怪しいといわざるを得ない。せめて迷惑を掛ける行為は是非慎みたいものだ。

南九州旅行その4(終章)

今回の南九州(宮崎、鹿児島)3日間は、非常に好印象で旅行を終わる事ができた。
その要因としては以下の通り。

1.バス会社ガイドさんのプロ意識に基づいた切れの良い、ユーモアを交えた案内で非常に好感が持て楽しく観光ができた。 (林田バスの中堂園さん)
2.ツアーコンダクターもユーモアがあり好印象で、特に買い物情報がとても良かった。(柿木さん)
3.ツアー旅行ならではのいいとこ取りの観光地等を効率的に巡ることが出来た。(クラブツーリズム)
4.ホテル、観光地での発着時間が順調にいき時間的トラブルがなかった。
5.旅行費用が相当割安であった。(羽田往復2泊3日2朝食1夕食バス代込み¥32,000)
6.印象に残る場所があった(知覧 特攻平和記念館、武家屋敷、福山 黒酢工場、焼酎麹工場等)

旅行をして感じることは、どこに行っても同じ事だが、専門の方のガイドが有るか無いかでその理解の仕方や全体把握の仕方が相当異なり、やはり現地のガイドさんの説明は、ガイドブックやNet情報とは違うということ。

全て自力で旅行(プラン・移動手段等)する場合には、やはりしっかりした下調べが必要なことはいうまでもないが、お任せ旅行であってももう少し下調べがあると、もっと面白い旅行だったのにという感が否めなくこれはいつもの事。
林田バスの中堂園さん、ツアーコンダクターの柿木さんありがとう。

Wednesday, January 10, 2007

南九州旅行 その3




砂蒸し風呂は風邪気味のため入られず。でも以前千葉で経験したためそれ程興味がなかった。
鹿児島・長崎鼻からの開聞岳の眺めは何とも美しい姿だった。屋久杉は1000年以上を経たものでないと屋久杉といわないとは知らなかった。加工場での見事な加工技術と技で素晴らしい職人芸を見せて貰った。

島津家の別邸は錦江湾を経て桜島が正面に見える絶好の眺め・景観であった。

旅程は、フェニックスH-長崎鼻(開聞岳眺め最高)-屋久杉工場見学-かるかん・さつま揚げ工場見学-仙巌園(島津藩別邸)・尚古集成館-バレルバレー焼酎麹工場(鹿児島空港隣)-鹿児島空港-羽田空港

写真は、長崎鼻からの開聞岳、仙巌園、バレルバレー焼酎麹工場

開聞岳

仙巌園

バレルバレー焼酎工場

南九州旅行 その2





黒酢については、体に良いという事と何でも畑で作ると聞いていたが、余り実感がなかった。所がこの福山地区は酢の発酵には絶好の場所らしい。黒酢が作られる過程の説明を受けて感心した。最初嫌気性発酵、次に好気性発酵が自然に行われる。昔の人の偉大さには驚く。

桜島も大隅半島側は地続きとなって薩摩半島側には10分少しでフェリーで着いてしまう。24時間制の運行が橋を架ける変わりとなっているという。この点は観光に対してどのような戦略をとるか地元の知恵の出し所だと思うが、良い効果を生んでいるのではないかと思った。

知覧の特攻平和記念館を訪れたが何とも戦争の惨さが感じられ、20歳前後の若さで散っていった若者の無念さ、両親の無念さを思うと二度とこのような戦争は起こしてはいけないという気になる。

旅程は、ホテル-霧島神宮-鹿児島湾沿い-霧島市 福山 黒酢(アマン壺による製法)-桜島港フェリーターミナル-鹿児島港(薩摩半島側)-知覧 特攻平和記念館-武家屋敷(薩摩の小京都)-池田湖(菜の花)-指宿フェニックスホテル(砂蒸し風呂)(泊)

写真は、ホテル室内からの朝日、桜島の噴煙蒸気を噴出、特攻平和記念館前母親像、知覧武家屋敷通り

福山・黒酢

知覧・特攻平和記念館

知覧・武家屋敷

南九州旅行 その1




息子の帰国に合わせて旅行にでも行こうかということで南九州を家内が選んだ。私も福岡と佐賀県は行ったことがあったが、宮崎、鹿児島は行ったことがなかったので楽しみに出かけた。お任せツアーのためか行く場所について殆ど調べていなかったが、結構いろいろな所を回る事ができて南九州の良さを大分知ることができた。
旅程は、9:30羽田空港-宮崎空港-(大隅半島側)青島(青島神社,鬼の洗濯板)-堀切峠(道の駅フェニックス)-鵜戸神社-霧島ロイヤルホテル(泊)

写真は、青島・鬼の洗濯板の海岸風景、日南海岸(道の駅フェニックス)、鵜戸神社前の海岸

鬼の洗濯板・青島

堀切峠・道の駅フェニックス

鵜戸神社
http://miyazaki.moe-nifty.com/img/udomap-800.jpg

Wednesday, January 03, 2007

2007年家族全員集合


2007元旦日の出

子供が大きくなり独立すると全員集まって食事をしたりすることが少なくなる。暮れも押し迫った12/28夕方アメリカ・ボルチモアに行っている二男が一時帰国で急きょ帰ってきた。

帰ってくるなり荷物を置いて、高校、大学、英語学校の友達などとの再会懇親会に出かけてしまい年内はずっとそのパターンで、一家水入らずでの食事とはいかなかった。

年が明けて長男の所で新年会をやるといい私達夫婦と二男,長女と長男,嫁さんと孫で新年会ができた。長男も1年2ヶ月北海道に長期出張で土日に戻ってくる状況が続いていた。やはり家族が全員集まると何か暖かみが感じられ、落ち着いた気分にさせてくれる。

この時、不思議なことに孫が二男を見ると急に泣き出し、なかなかうち解けない。おもちゃを与えたり、なだめすかしても全然効き目がなかった。次の日長男夫婦が嫁さんの実家に行く途中、我が家南千住に立ち寄ったが、その時も二男を見ると途端に泣き出してしまったと。小さな子供にはどう映っているのか不思議だ。

これからますます皆揃うことが少なくなる気がするが、それは致し方ないことだ。一番下の娘も大学卒業後3年過ぎて仕事をしているがそろそろとなってきた感じがするが、それはいつかは分からない。二男は少なくともあと2年~3年はいないと第一段階の目的達成にならない。

今では、地球上のどこにいても便利なインターネットのおかげでIP電話(Skype)やメールがあるため隣にいる感じがする。このような状況を考えると、前のブログにも書いたが、国や国籍って何だ、日本人てなんだというような感じにもなってくる。

いくら社会や世界が進歩し、進化しても変わらないのは家族という血の繋がりと高を括っていると生命科学の進歩、医学の進歩で血の繋がりは物理的な繋がりであり、人間の感情や想いの繋がりもなくなる時代が来るのか?

新年を迎えて思う

明けましておめでとうございます。
57回目の新年を迎えている。
新年という感覚はその時々で感じるものが違うのだろうか?

記憶では、小中学生頃迄は、お正月料理とお年玉というイメージが強く、どちらかというとご馳走を食べながら両親・兄弟・友達・地域の人達とゆっくり囲炉裏、ストーブやこたつを囲みながらミカン吊り、すごろく、トランプ、凧揚げ、羽根つき等をして遊んだ記憶がある。食べ物も殆ど野菜、肉、餅等自家製のものが殆どで黒豆や昆布、鮭など原材料は購入していた。凧揚げの凧作りは勿論手作り。

このような様を今都会と田舎で比較してみると、田舎には野菜などの自前のものがある程度でその他は殆ど変わらなく出来合のものを購入するという形になってきている気がする。

巷では、食に関して栄養バランス、体にいい料理方法、食材の使い方等主に生産されたものの使い方にスポットが当てられている。食材を含めて鉱物資源・エネルギー等その殆どを輸入に頼り、食材については農薬の問題など、世界を相手に何とも危うい食料調達の感を禁じ得ない。更に原油などエネルギーについても同様政治的なバランスの中で何とか調達できている感じがしつつある。中国、ロシなど国家の体制、政治指導者の体制がまだまだ胡散臭さを感じさせるのだろうか。

更には、宗教(特にイスラム)や民族的な対立などが絡んで世界が必ずしもアメリカが思う体制を好まず、中南米など相対峙する政権の進行が進んでいるという。

欧州連合もユーロ圏の中での格差(GDPで8倍)がどのような形で結束力を保てるかなど27カ国体制で約5億人の市場の今後の行く末は必ずしも安泰とはいかない感じもする。

このように世界を見てみると日本とはなんだ、日本人とはなんだ、日本人らしく生き続けていくためには、何が必要なのか、何が足らないのか、何を改革するのか、貿易立国・科学技術立国を標榜する国としては、やはり世界に対抗できる人材資源を育てる教育の問題、その人材が能力を発揮できる社会構造、奮起の意欲をかき立てる仕組み作りなど政治に求められる役割は余りにも大きい気がする。

このような中で我が安倍晋三総理及び自民党は何とも最初の小泉政治の改革路線継承の言葉とは裏腹にかけ離れた現状と仮面かぶりのポーズでは?と映ってきている。特定団体、役職、地域などの既得権者の大きい声に答えるだけでは世界に互していけないことは明らか。

Sunday, December 31, 2006

Rainbow Bridge ライトアップ



東京湾にかかるRainbow Bridgeが見事にライトアップされていた。お台場側から芝浦側に渡りライトアップされたレインボーブリッジの写真を撮ってみた。今日大晦日から新年にかけて朝6時過ぎまでレインボーカラーでライトアップされるという。

レインボーブリッジを後に東京タワーがどうなっているかを見に行く途中増上寺には結構人混みが出来ていた。東京タワーはあまり変わった感じはしなかったが、これでもふだんより変わっているのかもしれない?

やはり大晦日の夜20時頃になると車の通りも少なくなって日比谷通り-皇居の外堀-パレスホテル前-江戸通り-浅草を通って帰ってきた

Friday, December 29, 2006

トートロジー(tautology)ってなんだ?

・広辞苑によれば、同語反復に同じとか、
・Wikipediaによれば、日常的な意味で「私は私であり、君は君である」のように、等値を示す語によって同じ言葉を繰り返すことである。
・他に「同義循環」とか「定義の中に定義されるべきもの自身が現れてしまっていること」との解釈があ。

この言葉で思い出すのは、イラクに自衛隊を派遣して国会質問を受けて答弁に立った小泉総理が、誰もが変だなと思っているやり取りがあった。

自衛隊をイラクに派遣するため特措法が作られ、活動の柱は人道復興支援活動と安全確保支援活動で、活動は非戦闘地域に限定されている。派遣された陸上部隊は創設以来、初めて戦闘地域ではない?のかと論議のあるような地区の支援活動を実施した。こういった中で、結構どこもかしこも攻撃を受けても不思議ではない状況の中でのやり取りであったと思う。

日本の自衛隊は、非戦闘地域にしか派遣しない。戦闘地域と非戦闘地域の定義が曖昧である中で質問で食い下がるが、このトートロジーのロジックであっけなく終わってしまった気がした。

じゃあ非戦闘地域とは何処かと聞けば、自衛隊が派遣されるところだと答弁。自衛隊はどこに行くのかというと非戦闘地域だという。正に同義循環で丸め込まれた感じがしていた。

Monday, December 25, 2006

留守宅は傷む?

留守宅にしている住宅は傷みの進み方が早いというが、やはり住んでいない家は結構あちこち劣化が進んでしまう。これは空気の出入りがなく湿気が籠もり、この影響でカビ、錆、材料の膨れが発生するのだろうか? 給湯ボイラー設備やポンプ等にもいえるようだ。

新年を迎えるのに自分の家だけが掃除もされていなく、ほったらかしでは近所迷惑にもなると思い、いわきの家の掃除に行ってきた。貸している時は、そんなことせずに済んでいたが、空き家となった今年は、自分で手入れをしないといけない。

特に大きな柿の木、アンズの木、キウイフルーツの蔓などがあるため、落ち葉があちこちに吹き溜まりを作ってしまっているのと雑草が生えてしまうのが見にくい。

また、ボイラーから水道接続部分の水漏れや、井戸水汲み上げポンプの赤サビ、リビング-台所の間仕切りパーティション(合板)のつり部分のねじ釘のすっぽ抜け等結構色々劣化が進んでいるのが目立つ。

今後は、結構遠隔操作が可能な設備ができるというので特に湿気の防止に換気扇などをリモートコントロールできると嬉しいと思うが、改修費用との相談になりそうだが、他人に貸す時は、リモートコントロールの場合は、監視されているような気になってしまうのか?

交通事情は、東京側は高速道路入口まで5分以内、いわき側も6~7分程度で家に着く。あとは高速道路だけのため、渋滞がないとdoor to door 約200kmの距離を2時間ちょい程度で行き来できる。こういう時の高速道路は、高速道路らしいと思う。帰りは、やはり9月にふれたいわき湯本の「さはこの湯」でゆっくり汗を流して帰ってきた。しめて、220円也。これは得した気分になる。単純な発想か!

Sunday, December 24, 2006

用材性ってなに?

ドイツのハイデッガーが「実在と時間」の中で用いている概念で、世界の内部構造を大工道具のハンマーの機能から説明しているという。その在り様においてまさに道具がそれ自身から自己を露呈するときの、その存在様式を私達は、用材性と呼ぶ。ハイデツガーによれば、ハンマーには「用材性」がある故に、使用されうる。道具の「用材性」とは、その道具が他の道具と相互関係にあり、そのような相互関連のもとで初めてその機能を発揮できる、ということであるという。

私には、なかなか難しくてその本質が全くと言っていいほど理解できていない。

もっとわかりやすく言うと次のような使い方をしている本があった。
例えば、普段は郵便ポストなど気にしない人でも、手紙を出さなければならない時になると、ポストが何処にあるか考える。これを「用材性」というそうだが、人間は自分の手段や目的に合わせて物事を把握しようとするという事のようだ。(インテリジェンス 武器なき戦争 幻冬舎新書より)

アメリカ合衆国が、イラク攻撃に入る口実としてサダム・フセインとアルカイダ(ビンラディン)が関係をもっているらしいということ、大量破壊兵器がイラクにある筈だといったこと、その情報がアメリカにとって好都合の情報であるから正に上述の目的に合わせた物事の把握となってしまったのか?

同じようなことが事の大小を問わず我々の身近な中でも往々にして起きている、敢えて起こしている人が如何に多いことか。余りにも他人を疑うというより自分の理解や検証で納得できた事にたいして表現したり行動することにしていきたいと思う。

Saturday, December 23, 2006

招待クリスマス会



今日息子夫婦と1才になった孫の所へ両家の両親が招待され昼から夕方までご馳走になってきた。食前酒シャンパン、ワイン、前菜、おつまみ、鶏ももロースト、手巻き寿司、デザートのケーキどれも美味しく頂いてご満悦。手巻き寿司のネタは時間指定で取り寄せたモノだとかとても美味しかった。
食事の始まり時には、孫はまだ昼寝をしていたが、シャンパンの栓抜きの音やまわりの音で飲み始めてまもなく起きてきた。普段より賑やかな人達がいるので最初はきょとんとしていたが、だんだん本領発揮。

12ヶ月半ちょっとで歩き出したこともあったが、それから10日も過ぎると結構よちよちだがしっかり歩くようになっていた。子供の成長の早さに驚きながら、動作や表情をいつまで見ていても飽きがこない程表情が豊かで面白い。食べ物は自分の手で掴んで食べるようになって食べさせる方が大変だ。

クリスマスプレゼントに貰ったおもちゃの音楽に合わせて体を揺すったり、手をたたいたり音楽を聴くと結構楽しそうだし興味がある様子だ。前から持っている絵本をすでに両親の所、嫁さんの父親の所に持っていって読んでくれとせがむ。1才過ぎるとこんなことをやったのかもう既に忘れてしまったが、子供の成長には驚かされる。

帰りは6~7分の所にLaLaポートがあるため立ち寄り、少しあちこちを散歩したが、クリスマスのためか人手が多かった。石川島播磨側ドックでは花火があがってちょうど良い時間帯に当たったようだ。
写真は、石川島播磨重工業の本社ビルの雪だるまイルミネーション。

Tuesday, December 19, 2006

伊豆の田舎

今年の年末年始は田舎に行けないかもしれないので、せめて一人暮らしの父の手伝いくらいはと思い家の中の片づけや掃除くらいしようと思い12/17,18で行って来た。

出発は17(日)の朝3時過ぎと早く出かけたせいか、首都高堤通から高速に乗り東名沼津で下り、土肥、堂ヶ島経由で南伊豆まで3時間程度で着いた。こんなに速かったのは初めてだった。帰りは、夕方南伊豆を出発し、下田、伊東、熱海、小田原と東伊豆半島側と西湘バイパス、第三京浜を通って帰ってきたため5時間弱であった。

高速をずっと使うか、基本は一般道と多少の有料道路を通るかで2時間位の差があるが、特に伊豆へ行く時の車の場合は、あまり時間は当てにならない。以前は、もう少し道路が整備されて短時間で自分の田舎と東京の行き来が出来るといいなと思っていたが、今になってみると地方は高速道路の開通によって余り便利にならない方が良いと思うようになった。

それは、祝祭日や夏など余りにも車・車で混雑して地元の人達にとっては、善し悪しの面がある。ホテル・旅館・民宿、観光関連の人達は潤う面があるが、これら都会から来る人達の影響が必ずしも地元の人達にとって歓迎する面ばかりではない。自然の良さがかなり失われてしまうし、どこも都会化やモラル、礼儀の低下が起きてしまう事が多い。

しかし、そんな中でも自分の生まれ育った所は心が落ち着き安心感がでる。都会の雑踏から離れるとしばし生き返る感じがする。何故だろう?不思議だ。

Friday, December 15, 2006

猿が道具を使う?その先は?

少し前TVを見ていたら、場所はどこか分からなかったが野生の猿が少し大きな石を両手で持ち上げ、食べ物の固い殻を割って食べているところを見た。そこの猿は一匹だけはなく他の猿も同じような道具を使うという。

同じように道具ではないが、宮崎県の幸島という所の猿は、サツマイモを海水で洗って食べるという。この習慣は50年くらい前にメス猿が始めたのが始まりだという。そのうち仲間の猿たちも真似をするようにイモを洗って食べるという。(日経新聞 京大教授 山極寿一)

誰もが見ている長野県地獄谷の猿は、温泉に浸かる。これは小猿が始めたものを他の猿が真似をして温泉で体を温めるようになったと聞いた。頭の固い大人ではなく柔軟で怖さを知らない挑戦者である所が味噌である。(カラスが道路に餌を落として車にひいて貰うなども見たことがある)

しかし、他人の行動をそっくり真似られるのは、人間だけだという。猿などは、部分的には真似られるが、後は試行錯誤で真似られるようになるという。何故人間はすぐ真似られるのかというと、すぐ他の人に同化してしまいその行為を繰り返すことが出来るからだという。特に自分が尊敬する人や憧憬をもつ人の動作は無意識のうちに身についてしまようだ。ここが人間と他の動物との違いのようだが、所がどっこい昨今の子供は他人を真似ることが不得手だという。(日経新聞 京大教授 山極寿一)

他人の行動をうわべだけ真似ることに嫌悪感を持ち、猿のように卑しいと思う深謀遠慮な考えに基づいているとはとても思えない。猿まねさえ出来なくなってきているのか?猿にも追い越される時代がやってきてしまうかもしれないと思うとぞっとする。

小学生が先生に暴力を振るう、先生の言うことを全く聞かない、集団で先生をボイコットする、じっとしていられない生徒や我慢できない、すぐカットなるなどの子供が増えている。学校は既に学校ではなくなっている所が相当数あるという。いじめの問題で先生がやり玉に挙がっている部分も確かにあるかもしれないが、全体バランスを見てマスコミも報道して貰いたいと思う。極端すぎる。生物は、DNAの違いから言うと殆ど変わらないというから、逆転劇も億年単位ではなく起こってしまう?とは心配のし過ぎか。

Thursday, December 14, 2006

企業体質は何故変わらないか

茹でガエルとか、大きな水槽に入れたカマスに例える人がいる。企業がじり貧になっていくことが目に見えているにもかかわらず、殆どいつになっても変わる気配を感じない。誰が責任を持って会社を経営しているのか目に見えない濁った薄暗い世界があるように感じる。

釣った鯛に喩えて「じっとしていてもすぐには何も変わらない。しかし、間違いなく腐る。それは、時間の経過が状況を変えてしまうから。いまは美味しいけれど、それは今の時点であって、今は既に過去になっている」・・・これは以前読んだ羽生善治と今北純一の対談形式の本「定石からビジョンへ」のどこかに書いてあった気がする。

企業によって経営者、管理者、組織力の差が余りにもありすぎる。経営者は経営者らしく、管理者は管理者らしく何故責任を持った仕事ができないのだろう?悪かった過去ばかり振り返るが、悪いと思う現状を修正しようとしない。なかなか難しいものだ。企業トップの大事さがよく分かる。そう言っている私は、何の権限も持たせて貰っていないが、でも何かを変える行動と姿勢だけは失いたくない。自ら挑戦する目標つまりミッションを常に掲げる事を忘れてはいけないと思う。

Monday, December 11, 2006

S.C御成門水泳練習会・忘年会



9:30~11:30定例のスイミング・クラブ御成門の練習会(港区御成門中学プール)。
最近男性陣の出席が多くなってきた。良いことだ。

各人ウォーミングアップ後に何をやるか相談し以下のメニューとしてやることとなった。

100m自由形×5本 2分半サークル
2分休憩
100m自由形×5本 2分半サークル

バッタ25m(足のみ)・帰り25m(コンビネーション)
バッタ50m(コンビネーション)

バック25m(足のみ)・帰り25m(コンビネーション)
バック50m(コンビネーション)

平25m(足のみ)・帰り25m(コンビネーション)
平50m(コンビネーション)

最後にお決まりコースの男女全員で2組に分かれ50mを2泳法での競争で締めくくった。
最初の100m×5本のサークルでのは、100mを1分35~40秒で、次の100m×5本は1分32~33秒で泳いだため、結構な運動レベルとなった。

夕方4時半から信濃町で忘年会だった。今回はメンバー関係の会社の厚生施設が取れてコースのフランス料理だった。食事後は夜景を見るため東京プリンスホテル・パークタワー33階スカイラウンジからクリスマスイルミネーションに飾られた都内を一望しながら二次会で軽く飲み、良い忘年会で特に女性は気に入っていたようだ。

Saturday, December 09, 2006

テレコムワールドでユヌス総裁挨拶

テレコムワールド香港開催(12/4~8)は、ITU本部のあるジュネーブ以外で30余年の歴史で今回が初めてだという。このような分野でもう少し日本が前面に出てもいいような気がするが、何故中国なのか?

市場規模で誘致できるというだけでは余りに芸がなさ過ぎる気がするが。もっと日本もこのような世界に発信する機会を積極的に設けるべきではないか?
事務総長?(Secretary-genaral)に日本人のUtsumi Yoshioさんという方がいるんですね。国際的に活躍している日本人がいるのは頼もしいと思いますが、海外開催が中国とはという気がしますね。

Yunus' remarks
グラミン銀行のムハマド・ユヌス総裁はICTが貧困を救うためには最適なポジションにある。特に女性の継続的な収入を確保するためには貧困に置かれた女性が収入源を得ることが何より大切だと訴えている。そのために、3000の少額無担保融資(micro-credit)銀行で1億の人達に貸し出しを広げるために、世界の国々のICTへの参加者、参加団体が協力することが必要と説いている。発想が素晴らしいし、実行するところが見事という他はない。このような人々をサポートすべきと思う。ノーベル平和賞もこのような人へ贈られるならその価値を誰しも認めざるを得ない。

Wednesday, December 06, 2006

世界の富裕層1%が世界の富の40%を所有

国連レポート(The Guardianより)
James Randerson, science correspondent Wednesday December 6, 2006
世界の10%の富裕層が世界の富の85%を所有している。
世界の大人の人口の50%は富の1%しか所有してない。
ヨーロッパ、アメリカ合衆国といくつかのアジア太平洋の国民は突出した富を保有している。
アメリカに住む1/3と日本は世界のトータルの27%、英国6%、フランス5%の富を所有している。
世界の家庭財産の合計は125兆ドル。

家庭保有財産の順位(預貯金、負債、土地、建物、有形財産)(2000年データ)
1位   日本 $181,000
2位   米国 $144,000
3位   英国 $127,000

・・・
     インドネシア$1,400
下位近辺 インド   $1,100
最下位  多くのアフリカの国々
     北朝鮮

上記の値は、2000年現在の不動産や預貯金、負債を合計したもののようですが、日本人の一人として全くそのような感じになれない。何故なのだろうか?
それは余りにも世の中の心のすさみが進んでいるとか、物価が高い(生活費が余りにも高い)とか余裕のなさが影響しているのだろうか?

やはり心の余裕とか家族団らん、隣人・友人とのつきあい、地域との繋がりなど幸福感や満足感の無さ、文化や伝統に対する誇りを感じないなどあらゆる生活スタイルに於いて影響しているような気がする。これらが満たされて初めて富という数字の実感が湧いてくるのか?

Monday, December 04, 2006

携帯電話・インターネットも世界に遅れてる?

インターネット報告書 @ 国際電気通信連合(ITU*)が3日に発表されたという。(朝日新聞より)
先進国では、携帯情報端末、インターネットと共に急速な高速大容量化の時期に移行。

全般的に普及は急ピッチで携帯電話利用者が10億人を超えるのに21年間かかったが、その後20億人を超えるまでに3年間しかかからなかったという。
情報通信産業の市場規模は350兆円超(3兆ドル超)だと。

(1)携帯電話の世界の利用者数は20億人超。
これらの中で、携帯電話最大利用者数は、
中国 約3.9億人で世界一だが普及率(人口100人当たりの契約者数)は30で世界一のルクセンブルクの155と大きな開きがある。
日本は、普及率74に過ぎず55位と低い。

(2)インターネット利用者数は9億6500万人(約10億人に迫る)
利用者数内訳は、
米国:1億8500万人
中国:1億1000万人
日本:6400万人
インド:6000万人の順だ。
普及率はアイスランドが88で1位、日本は50で22位。
これまた日本の普及率は意外にも低いレベルだ。

ブロードバンドの普及率も27のアイスランドが1位、2位は韓国、日本は18で14位。
ブロードバンドに対応する携帯端末の普及率では韓国26に続き、日本14で3位。
ブロードバンドの料金は、100kbps当たり0.07$(約8円)に日本が一番安い。

こう見てくると我々日本人は、日本は全般的に最上位の位置にいるのかなという思いを持っていたが、井の中の蛙でした。

*Intenational Telecommunication Union
http://www.itu.int/osg/spu/publications/digitalife/docs/digital-life-web.pdf
但し、上記PDFにはstatistical annexは添付されていない。

スケートGPシリーズNHK杯男女共日本が独占

2006年度のNHK杯フィギュアスケートで女子、男子共に日本が1~3位を独占してしまった。

女子
 優勝:浅田真央
 2位:村主史枝
 3位:中野友加里

男子
 優勝:高橋大輔
 2位:織田信成
 3位:小塚崇彦

世界のフィギュアスケート界で日本の女子の実力は相当高いところにきているようだ。浅田真央の滑りは、ミスがなく本当に綺麗で満足の滑りだったと思う。今後12月14~17日ロシア・サンクト・ペテルブルグで開催されるグランプリファイナルに出場の浅田真央、村主史枝、安藤美姫には是非頑張って貰いたい。

GPシリーズはアメリカ・カナダ・中国・フランス・ロシア・日本の世界6カ国を転戦し、そのうちの2戦に出場するグランプリシリーズと、その合計ポイントの上位6名が出場権を獲得できる『グランプリファイナル』(世界最高峰の舞台の美の世界一決定戦)で構成されているという。

特に日本の女子スケートグランプリファイナルは楽しみだ。

Sunday, December 03, 2006

日本の社会政策費は最低水準か?

(12月3日朝日新聞より)
公務員数や国内総生産(GDP)に対する一般会計予算規模で日本は主要国の中で「小さな政府」の部類に入っているという。

しかし、非効率的で膨らんだ「大きな政府」との指摘も少なくない。
理由は、巨額の財政赤字(結果としてH18年度末日本の国及び地方の長期債務残高総額775兆円になるという)や今後高齢化で社会保障費の増加が避けられない事に加え、地方自体や歳出規模200兆円の31特別会計から公社・公団や公益法人に巨額資金が流れているためという。

独自財源を持つ公共事業関連の特別会計はその典型で、対GDP比の公共事業関連支出(地方含む)は、
 日本  3.7%(2004年度)で日本は突出している。
 英・独 1%台
 米国  2.6%

社会政策費(子育て・医療・雇用等)の支出はGDP比
 日本  19%で低水準
 英独仏 21~29%
 米国  17%

政府の定員、予算、権限を減らす取り組みとして歴代内閣が取り組んだこと。
1960年後半 佐藤内閣
 1省庁1局削減
 国家公務員の定員上限枠設定
1970~80
 行政規模の抑制
 一般会計歳出上限設定

 鈴木・中曽根内閣
 増税無き財政再建

1990年代 細川内閣
 規制の緩和・撤廃
 地方分権

2001 小泉内閣
 道路公団、郵政民営化

 政府の「大小」ばかりが焦点となって目指す役割を深く議論しないため、財政再建が主眼となり、各種制度の抜本改革に至らぬ歳出の一律削減で終わったり、好況による税収増加時には取り組みがゆるんだりと形整えに終始。

2006 安倍内閣
 簡素で効率的な政府として「国民負担の最小化」を目標に歳出削減を徹底することを掲げる。

歴代内閣が色々掲げてやってきているが、いづれも社会の安定に今最も重要な役割は何かという議論が進んでいないという。

安倍総理は、道路特定財源の一般財源化を実施するというが、財政再建が本当にできるのか消費税の議論を含めて社会政策費等どのようにするのかしっかり議論を見える形で早急にすべきと思う。参議院選挙前だといって与党が税の議論を先延ばしするなど古い体質の自民党は全く変わっていない。自民党が与党でいること、その中で聞こえの良い目眩まし政治をのらりくらりとやり責任を曖昧とする手段・手法が見え隠れする。国民の生命財産を誠心誠意守ろうなんて本気で考えていないといわざるを得ない。

Monday, November 27, 2006

自民党改革路線は何処への感

安倍晋三首相が小泉純一郎政権の改革路線を引継ぎ実行していくという言葉がどうも先行していたようだが、実際郵政民営化問題であれだけ自民党が国民にアピールした体制内改革とか旧自民党をぶっ壊すと豪語して新生自民党としてやっとやっていく機運が出てきたと思ったのもつかの間か。刺客を立ててまで戦った敵に対して復党問題のクローズアップに指導力が発揮出来なく、どうも体制改革路線から旧自民党の仲良し談合自民党クラブに戻ってきたような雰囲気となってきている。

来年の参議院選で単純な数合わせに終始する旧自民党そのものの本質は何も変わっていない。ただ数がいれば自分たちは政権与党として権力の座にずっと座り続けられる旨味があるし、言い方は、日本の国のため自民党のためなんて言っているがそんな方便は誰も信じない。

正に政治家は、その時その時でリップサービスが上手ければいつでも国民をだまし続けることができるとしか考えていない。国民もそんなにノー天気ではないことを強く認識すべき所だ。民主党小沢一郎党首の言葉を借りると「土台から腐っている家を障子とふすまを張り替えて体裁だけを保とうとする自民党」という政党に舌の根も乾かないうちに逆戻りしているのではないかという感じがする。

Sunday, November 26, 2006

ロボット技術の進歩スピード

11/25(土)日本テレビで種々のロボット技術の紹介をしていた。世界初と称してBoston Dynamics社の4本足歩行の犬形ロボットが58kgの重量を乗せて歩く姿や蹴飛ばしても倒れない動作を写していたが重心のコントロールだとかすごいと思ってみていた。

その他魚型ロボット、蜘蛛型ロボット、変身ロボット(芋虫型、車輪型、蛇型・・・)(産創研)、ウィルス型、ウミヘビ型、二足歩行ロボット(高西淳夫)、ランドウォーカー、バッターロボット、ナイスキャッチロボット、義手ロボット、車椅子ロボット(脳で操作)等本当に色々開発されているものなので驚いた。

バッターロボットは、野球のボールを的確に打つ、ナイスキャッチロボットは、ものを投げるとそれを補足したり、卵を上から落としてそれを割らないで補足するなど驚いた。

また、高西淳夫早稲田大学教授の二足歩行ロボットは人を乗せて階段を上る事が出来るなどバランスの取り方が凄い、また人型二足歩行ロボットでは足ものように従来の腰を落とした歩き方ではなく、より人間に近い腰股関節をしっかり働かせた歩き方で不格好さがなくなってきた。
このようにロボット技術の進歩には目覚ましいものがある。

Thursday, November 23, 2006

江戸の誘惑-浮世絵展


ボストン美術館所蔵 肉筆浮世絵展を見に行ってきた。勤労感謝の日でもあったため大江戸博物館内は混雑していた。菱川師宣、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川広重・・・らの肉筆の浮世絵がボストン美術館からやってきた。

明治時代に来日したアメリカ人医師ウィリアム・ビゲローは浮世絵を買い集め、その殆どをボストン美術館へ寄贈したそうだ。ここで見所なのは、世の中に1点しかない肉筆の浮世絵が700点近くも見つかったということでその価値は大きい。今回は、約70作品ほどが展示されていた。これらが日本に里帰りするのは1世紀を経てということだ。

江戸時代の遊女・芸子など非常に特殊な日本文化を育み、その遊女・芸子、街の有様を子細に表現している繊細さには驚いてしまう。磨かれた芸術家の表現力には感心せざるを得ない。普段余り美術・芸術には縁遠いものにとっても結構楽しめたのは、音声ガイドがあったためか。ズブの素人には有り難いものだ。

常設展では、写真家 荒木経惟の「東京人生」として懐かしい戦後日本の復興期の写真数多く展示されていた。生まれが東京の下町、三ノ輪に生まれ育ち、三河島での小学生の兄弟や仲間の屈託のない生活や遊び姿を生き生きと表現していて、南千住に居を構えて住みだした住人としては何故か親しみを覚えた。

Wednesday, November 22, 2006

遅発性筋肉痛だった?

運動後すぐ起きる筋肉痛と24時間~72時間後に起きる筋肉痛があり、後者を遅発性筋肉痛というらしい。腕相撲で負ける時の力こぶや階段を下りる時の太もものように筋肉が縮もうとしても実際は伸ばされている「伸張性運動」で特に現れるという。

これは筋や結合組織が損傷して痛みが起こると考えられるとのこと。年齢が進むと遅発性筋肉痛になると言われているが、運動生理学の野坂助教授によると年齢による違いはなかったという。遅発性筋肉痛を早く回復させる方法はなく、マッサージや抗炎症薬など実験しても、顕著に効果があるものは見あたらないため、予防が大事だと。遅発性筋肉痛は一度経験すると同じ運動なら1ヶ月後まで起きにくくなるようだ。

更に、一般の人の感じ方で筋肉負担が異なることは、登り坂と下り坂で筋肉の働き方は、登り坂では下肢の多くの筋群がより高い位置に体を移動させるため、より大きな仕事をしながら短縮する。逆に下り坂では、筋が力を発揮しながら伸張されることによってブレーキを掛けるように作用する場合が圧倒的に増える。
筋肉の立場からいうと下り坂は必ずしも楽とはいえなく、長い下り坂を走った直後に、膝が急に定まらなくなり、走るのがきつくなる事があるという。

これはおそらく強い力学的ストレスによって筋線維の中の、力を発生するために重要な構造や筋線維の細胞膜に微小な損傷が生じ、その結果急激な筋力低下が起こり、その結果急激な筋力低下が起き、肘屈筋では、最大筋力が平均60%位にまで低下することもあるようだ。

このような事を利用したトレーニング法を行っている人達も随分居るようだ。この理屈は全然知らなかった。

Sunday, November 19, 2006

科学技術の進歩はまだまだ

今日日曜日は朝から新聞を見たり、テレビを観たり少しゆったりした過ごし方をしていた。正午過ぎからの東京国際女子マラソンは、雨の中土佐礼子(三井住友海上)が優勝を飾ったが、高橋尚子(ファイテン)は惜しくも尾崎朱美(資生堂)にも抜かれ3位となった。勝負の世界は厳しい。気象条件は誰にとっても同じであるが、雨の場合は体温をどんどん奪ってしまうため個人差が激しくなる気がする。前半線は、余裕であるかのような走りに映っていたがじりじりと体力消耗(体温が奪われる)が進んてしまっていたのか?高橋尚子の応援者としては残念。

体温の話が出たついでに以前から、熱エネルギーを得るため一番身近な恒温動物のエネルギー生産システムを人工的に作り出すことにより、より効率的に熱源を得られ、ひいては地球温暖化防止対策も含めた地球環境に優しいエネルギー生産システム(暖房)ができるのではないかと単純な発想が頭の中にあった。

ところで恒温動物の体温維持のためのエネルギー生産の効率はどの程度あるのだろう? 栄養素が分解したエネルギーがアデノシン三リン酸(ATP)に移行するエネルギー代謝効率は66%?といわれる。ATP→アデノシン二リン酸(ADP)+リン酸+エネルギー) このような生化学反応は理論としては、分かっていてもその装置を作り出すのは、どの程度まで近づいているのだろうか? あるいは、そんな装置を考える程の価値がないのだろうか? 生命科学や生化学を知らない者の戯言なのだろうか? 使い道は結構あるように思うが。

「高度に科学が進んでも、今ある人類のいかなる英知を駆使しても、世界中の国々の科学技術予算を全て費やしたとしても、1cmにも満たないアリ一匹の持つ全ての機能-すなわち生命体-と同じものを、同じサイズで人工的に作り出すことは現在のところ不可能。

アリ一匹の中に膨大な情報機能が集約されていて、人類はそれを全て解き明かした状況に至っていない。ましてや、アリは集団生活をし、集団なくしては個体の存在はあり得ない」という。

上記「 」内は、「科学する心-アリンコ提言-」トロント大学 医学部教授 伊倉光彦博士「蛋白質 核酸 酵素 VOL.50 NO.12(2005)」より抜粋引用

科学技術の進歩はこれからも一歩一歩ではあるが、急速に進歩・進化しているためアリンコロボットの夢も夢ではなくなるのはいつになるのか? 体長に対して歩くスピード、餌を引く力、帰巣本能などなど興味深い。

政治家倫理と企業倫理はいずこへ

つい最近のことでいえば、福島県知事佐藤栄作と和歌山県知事木村良樹の逮捕、更に疑惑が出ている宮崎県知事安藤忠恕、岐阜県の裏金作りなど呆れんばかりの私腹・親族肥やし事件が次々に明るみに出てくる。これもただ単に一つの県にたまたまお粗末な知事がいたというだけでは説明がつかないシステムの問題だ。

公共工事の発注調整談合等権力(権限)者側の便宜の見返りとして巨額の賄賂を受け取る構図や、発注側最高責任者の意向を企業側は、ぎりぎりの所を越えて会社のため、自分のためにしないといけない、やらねばならない、せざるを得ないと考えるのが今の日本の企業、社員の姿か?また、このような企業の弱みを巧みに利用しようとする意図・意向を陰に陽にあらゆる機会を使って表に出す権力・権限者。なんともおぞましい。

世の中あたかもきれい事や問題がないかの如くまかり通っているものが多いが、権力者・権限者の意向が世の中にどれ程影響を与えているか、表面には出ないがそのあくどさは言うに及ばない。

このような権力者の長期政権の弊害がいくら言われてもそれを改革しようとしない議員もまた同じ穴の狢といわれても仕方あるまい。これは国政を預かる与党にも言える。同じ政党政権が長く続く弊害と官僚とのもたれ合い、官僚の代弁者となる大臣、県知事、町村長皆同じである。例外なく、長期政権や連続しての多選ができない仕組み作りが全体として絶対必要だ。

財政破綻した夕張市、岐阜県の裏金問題、北海道警察の裏金問題、各省庁の裏金問題など公金を扱う所の徹底した情報公開が必要であることは論を待たない。

一方企業側も企業倫理を声高に叫んでいるかの如く振る舞っている所が多くなってきていると感じているが、なぜこれほどまでに企業倫理意識が向上しないのだろうか? 発覚するのは氷山の一角でしかないこと、罰則が甘いことが、発覚は運が悪かった的な意識となりそのような機運を助長させているのか?これはやはり経営のトップが全責任をとって打ち首になるくらいの緊張感のある法律に頼る以外にないのか?

Wednesday, November 15, 2006

一歳の孫


昨日で長男の子供が一歳となった。
世の中の人々が、孫は本当に可愛いという言い方をよく耳にしていたが、私にとって自分たちの子供同様それ以上特別な感じを実は持っていなかった。しかし、いざ孫が生まれてみて、真っ赤な顔をして小さな手足をふるわせながら泣いている様子をを見たり、にっこり笑って愛嬌のある顔をしたり、はいはいをしたりと色々な表情を見せられると可愛さが特別に感じられるようになるものだ。不思議なものだ。

これからの子供は人口減少の余波を受けて大変な時代を生き、荷物も背負わなければいけない事を考えると余り喜んでばかり入られないのかも知れないが、いずれにしても健康で逞しく元気に育って欲しいと願う。

我々の年代が出来ることは、若いカップルの子育てを如何に手助けしてやることが出来るかにあると思うが、具体的なこととして何が出来るかなかなか難しい。甘やかせることに荷担することなく、しっかりした一人の人間になって貰うようけじめやしつけなど親の目の届かない所をせめて手助けしてあげたいと思う。

映画「ありがとう」試写会


1995.01.17 5:46 阪神・淡路大震災が発生した。
この大震災発生時の最中及び復興時の古市忠夫さんとその家族、鷹取商店街地区の住民、全国からのボランティアの方々の人間模様をリアルに表現した映画で、興味深く鑑賞し感涙する場面が幾度かあった。

特にこの映画がスポットライトを当てている古市忠夫さん(57才?)が震災後目指すプロゴルファーテストを突破しようと、現実にはとてつもなく高く・難関であると思われる夢の実現に向けて頑強なまでにこだわり、追求する姿に感動を覚え感心させられた。

一見、人は弱く、平々凡々がいいという人も世の中に大勢いるかもしれないが、実際には、衣・食・住足りても夢や希望がないといきいきと生きていけない。今自分が生きていることに対する自分の認識・理解の仕方によって、その後の人生は大きな開きが見られ、周りの人に与える影響の度合いも異なる。

多くの人は”才能と努力と運”が成功には必要だというが、万田監督は、一番必要なものは”考え方”。自分は生かされているんだと、チャレンジできるんだという考え方。それは感謝の気持ちでもある。どんなに努力しても、頑張れる事への感謝「ありがとう」という気持ちがなければ勝てないという。

今まで名声、地位、お金が大切だと思っていたが、震災後は考え方は大きく変わったと。一番大切なのは人を思いやる心、いたわる心、感謝、友情、積極性なんだと。大震災直後、妻・子供、親兄弟など肉親が目の前でがれきの中でもがき苦しんでいる中、迫り来る火災などから助けることもできず、ただただ茫然と見過
ごさざるを得なくなってしまいながら生き残った人々の使命は、亡くなった人への鎮魂、供養だと。この震災が教えてくれたことは一生変わらないという。

一生懸命に生きなければダメだけれど、人生そんなに断崖絶壁ばかりじゃないから大丈夫。この映画を観て大震災後の人々の助け合いなど生きる希望と勇気をもって欲しい。人間は決して一人では生きられないということを感じ取って欲しいと仙頭プロデューサーは言う。

最近小中学生のいじめにより自ら命を絶つ子供がいるが、周りの誰かに相談しさえすれば決して一人ではないことを感じてくれるはず。このような映画を通じて少しでも夢と希望を持ち続け、力強く生き抜く力と夢に向かって諦めないでやることがどんなに素晴らしいことかを感じて取って欲しいと思う。

Sunday, November 12, 2006

ダイヤモンド富士?が見えた



2006.11.12(Sun.)東京は朝から風が強かったせいか良く晴れ渡った。そのお陰で我が家からは富士山がよく見え、頂 上には既に真っ白な雪がたくさん積もっていた。

港区にいた頃は殆ど富士山を含めて関東から見える山々は気にしなかったが、荒川区に来て朝起きるとリビングルー ムから窓越しの正面に富士山が見えるのが何とも清々しく感じられるようになった。

風が比較的強く良く晴れ渡った日にしか見えないということは、工場や自動車等の排気ガスの煤煙や浮遊している粒 子状物質の影響により大気が汚れていることを示している。この南千住から富士山までの直線距離は120km前後位で あろうか?(道路距離で約150km程度だからの概算)

因みに富士山3776mは、見る人の目の高さを1mと仮定すると本州のどの程度の距離からなら(大気汚染がないような) 理想的な場合に見ることが出来るのだろうか調べてみると239km程度からは見えることになる。すると東京より更に 北東方向の水戸辺りからも見えるのかな?

地球温暖化が地球環境に及ぼすさまざまな影響が問われ、懸念されている中もっともっと地球に優しい暮らし方の必 要性を感じるようになった。

Wednesday, November 08, 2006

学生の質の問題

高校の必修科目未履修の問題が大きく騒がれているが、日本の子供たちと親が目指すゴールは有名大学入学だといわれて久しい。

高校生以前の小中学生にあっては、時の文部省が「ゆとり教育」の名の下に推進した結果、学力ベルの低下が問題となっている。これだけいわれていながら依然としてちょこちょこした小手先の体のかわし方でその場を過ごしてきているがとうとうどうにもならなくなったという所迄来ているのか?

今日のNHKクローズアップ現代「読み書きが出来ない若者対策は」と題して報道されていたが、大学生や社会人が小学生程度の漢字が書けない、漢字が読めない、意味が分からない、言葉を知らない、文章が書けない等惨憺たる事実に直面しているという。そういう自分自身も同じ穴の狢的な所があるが、それにしてもひどさの程度が違いすぎる気がする。

安倍総理は教育改革を公約に議論を始めているが、小手先の改革で生徒、先生、親、社会が振り回されることなく、長期的に取り組んでみたいと誰しも思える改革にして欲しいと願う。

今日の朝日新聞にはアメリカの大学生の一般教養は、名門大学といわれる所でも新入生に比べ4年生の方が成績が落ちているという調査結果(ISI:米国の大学間学問研究所)がでているという記事があった。これが日本と比較してどうかは分からないが、どこも教育については頭の痛い問題となっているようだ。詳細は、以下のURLを参照。http://www.americancivicliteracy.org/

Saturday, November 04, 2006

母校がなくなる

自分が学んだ学校(母校)は格別の愛着があるように感じる人が多いと思うが、私の場合既に小学校、中学校はとうの昔に学校の統廃合により姿を消している。更に追い打ちを掛けるかのように高校教育を受けた学校が来年3月をもって閉校することが既に決定している。

このように学校がなくなることには一抹の寂しさが感じられることは事実であるが、私の場合それ程その姿・形にこだわりがあるというわけではなく、それ程のショックが有るようにも受け取っていないし感じられない。

これは、担任の先生やクラス仲間との関係、クラブ活動などを通じての上級生、下級生という形で色々指導をされたり、指導したりしてお互いの関係を強く持ったり、感じて青春真っ盛りの時期を過ごしたことは確かだが、その関係以上の繋がりが学校という物理的な形で有るようには思えないし、現実思っていない。

これは、お互い同じ教室で良きにつけ悪しきにつけ同じようなことで悩み・苦しみ・楽しんだ仲間達が居なくなるわけではないため、学校という有形の姿や形にはそれ程こだわりがない。仲間はいつになっても同じ仲間だし、一緒に学んだという事の事実がなくなるということはあり得ないからである。同窓会等もそれ程頻繁ではないがやっている。

義務教育の学校の統廃合は、単に人数の問題だからそれはそれとして単純なルールに則っているため諦めがつく。しかし義務教育以上となるとちょっと趣が異なる部分がある気がする。そこは目指すべき教育に対する理念があるからで、この理念が時代と共に失われていくということは有形のものが無くなる以上に残念さ・無念さが多少残る。

それはいくら高邁な理念を掲げていても、それが表面上結果として目に見える形や思い描く価値として発揮できていないように思われたり、あるいは発揮していないように短期的には見えることにより、本当は理念の下にはしっかりした下地(カラー)が出来ていても、それがもっと鮮やかさを期待する人達に満足や共感を与えることに繋がらないからである。アメリカ式の自由競争社会の結果といえば二の句が継げなくなるが・・・。

残る最後の大学がなくなることは殆ど心配する必要はないと思うが、それとて大企業が一夜にして破産してしまうような世の中なのでこれとて先の将来まで安泰であるかどうかは分からない。いずれにしても姿・形が重要なわけではないと思いながらも、その時は多少の寂しさを感じざるを得なくなるのか?

サイボーグ技術が人間を変えるを見て

(NHKスペシャル)
章立ては次の通り。
1章 脳の信号を利用するサイボーグ技術
2章 脳は機械に合わせて進化する
3章 脳が機械で調整される
4章 脳が全ての機械と直結した

このNHKスペシャルで立花隆氏が言いたい事・問いたい事は、「物質文明の行き着くところはどこか?」とか、「人はいったいどこへ向かって行くのか?」といった事に対しての人類のコンセンサス作りを早急に確立する必要があるということだろうか?

ついちょっと前までは、サイエンス・フィクションだと考えられていた事がもう既に現実になりつつある。これは「機械」と「体」と「神経」が一体化してしまうまでに技術が進歩してしまっている。

ロボットと人間をつなぐサイボーグ技術(脳からの電気信号を読み取る技術、脳は電気信号に合わせて進化(変化)する適応力の存在、電気信号から脳への逆指令技術)を利用し神経工学や新しい科学によって視覚障害、聴覚障害なで全盲の人が機械の目を使うことや、人工内耳(耳近くの内部に埋め込まれた機器で音を電気信号に変換し、聴覚神経を通して直接脳へ信号を送る)を利用することが出来るまでになっている。

更に、治癒困難なパーキンソン病・ジストニア(身体の1つまたはいくつかの部分の筋肉が不随意に収縮し続ける結果, 身体のいろいろな部分でのねじれやゆがみが生じる病気)など脳内の奥深い部位(大脳基底核)刺激による治療法の模索など脳深層部刺激治療など人間を取り巻く医療?技術、ラットの人工海馬の完成などの進歩は留まるところを知らない程急速に拡大進歩しているという。

我々は、サイボーグ技術の利用に関して法的に倫理的にどこまで受け入れられるのか等生命倫理に関する問題は尽きないがしっかりとすべき時期に既に入っていると感じる。
人間の生命の重さは地球より大きく重いといったキャッチフレーズは、誰しもそう思うが現実の世界・社会はそうはなっていない。しかし、そのギャップが余りにも多すぎる実態との狭間であっても人間社会が理想とする生命倫理の確立が早急に求められている。

臓器移植に関しても何年経ってもまだまだ患者側、治療側の関係でも明快・明確さがないままどちら側もいらだつ中、治療現場は運用をせざるを得ない状況で結果が問われてしまう何とも無責任な引き延ばし、放置など国など行政側の責任は大きい(国内移植はダメだが国外移植は見過ごすといった事に対して、当事者は当たり前のようにいくらお金を掛けてもやりたい、それは募金で集める・集まるといった状況を放置しているとしか見えない)。一度決めたものは未来永劫と考えている理想主義者ばかりの寄り集まりになっているのかどうかわからないが、必要なら現状の知見・技術の進歩ではここまでの考えしか及ばないということを明記してでも、きちんとすべきと感じる。(このフレーズは蛇足)

サイボーグ技術が人類を変える
http://www.nhk.or.jp/special/libraly/05/l0011/l1105.html
http://sci.gr.jp/sci/project/cyborg/
http://www.io.mei.titech.ac.jp/jsao2006/message/tachibana.pdf

Sunday, October 29, 2006

指導者の力量とは何か?

44年ぶり日本シリーズ優勝の日本ハムファイターズヒルマン監督、前年優勝の千葉ロッテマリーンズバレンタイン監督、今年セリーグ優勝落合監督どの監督を見ても個性が光る感じがする。日本でいう従来からの優等生監督ではないところが面白い。

しかし、ヒルマン監督を支えた日本ハムファイターズの首脳陣にも伏線があったことは勿論だと思うが、それを活かしたやはりヒルマン監督のリーダーシップが日本ハムファイターズの選手を変えさせる方向に目覚めさせたことは間違いない気がする。2005年5位、2004年3位、2003年5位だったという。これを盛り上げるにふさわしい新庄が居たことも相乗効果となっている。

ヒルマン監督は、従来からのアメリカ野球の流儀をやめ戦術面で犠打がリーグ最小から今回最多になったことに象徴しているという。ヒルマン監督は選手に自由を与えていた時は、なぜ選手が戸惑うのか理解できず、新渡戸稲造の「武士道」等を読み日本人のメンタリティーを勉強しようとしたという。自由という枠を維持しながら試合中は選手に明確な仕事を提示したことが最高のパフォーマンスを引き出すのに繋がったという。二人のアメリカ人監督が示した「自由」に対するアプローチの違いが明暗を分けたという。

このように何が人間を鼓舞させ最高のパフォーマンスを発揮できるようにするのか管理・監督・指導する人達によって結果が違うことがスポーツの場合明確にわかり易い。このような事は世の中ありとあらゆる所でいわゆる「コーチング」なる指導法が出回って、ある程度の企業では当たり前のように社員教育・部下の指導にも使われているが、教育界では高校の履修科目の問題以上に、文部科学省をはじめ教育委員会など旧態依然というより日教組時代の悪弊がそのまま横行しているか、自己組織保身のための論理でしか動いていないことが明らかになっている気がする。いじめによる自殺の問題にしても年々減少しているなどの調査結果が出ている事など明らかに実態を反映していない。

文部科学省、教育委員会、学校など個々を見れば立派な方が多いかもしれないが、教育制度という中では組織の解体的な見直しが必要に迫られているものと感じる。

一方、学校教育という面では、メディアの側にも色々責任があるように感じる。学校で先生が生徒をしかることが即いじめに繋がるような発言、報道、人格を無視したとか実態があたかも分かったかの如くの報道が多すぎる。更にその叱られた生徒の親の発言等をバックに、一方的な報道の嵐となる。そこで先生・学校は萎縮してしまい、本来の生徒への指導が出来ない、やらない方が良いとなる気がしている(問題になりそうなものには拘わらない、何もしない症候群的な心理が植え付けられてしまっている)。

いずれにしても野球といえども監督の指導・助言、更には教育といってもいいと思うが、結果が目に見えるほど異なることは昔から言われているが、この指導者がどれ程大きな役割を果たすか良く分析した記事が「読み解く スポーツ」として朝日新聞土曜版(生島淳著として)に掲載されていて興味を引いた。今の教育再生の問題と絡まって興味深く読んだ。教育という文部科学省を指導監督するものは誰なのか?最終的には議員の先生方を選ぶ選挙民に来る気がするが、ここはやはり官僚組織ということになるのか?

Saturday, October 28, 2006

インターネット高速電力線通信

数年前から家庭内配電線からのインターネット接続の有望性がいわれて久しいが、今年9月14日に高速PLCに関する総務省の発表が出され、家庭内配電線を使ったインターネット接続が可能となったようだ。10月28日の朝日新聞土曜版に記事が載っていた。 (Power Line Communications)

これは家庭内電源コンセントに通信機器を接続するだけで家庭内ネットワーク(LAN)が構成できLANケーブルがいらなくなるという。従来はLANケーブルを使いたくない時は、無線LANにするしかなかったが、今後はPLCという選択肢が生まれるということから利用者としては大歓迎だ。実行速度は70Mbps位になるという。今私のマンションはFTTHで100Mbpsであるというが夜の速度がなんだか7~8Mbps程度しかでないときがある。

上述のHPによると既に海外では、実用的に利用されているところもあるという。・米国では、ブッシュ大統領のPLC推進に関する声明で国民が米国中どこからでも高速インターネットにアクセスできるようにすべきという号令の元連邦政府関連機関に手続きを簡素化するよう命令を出しているという。アメリカでも色々な規制があるように日本では規制の壁を乗り越えるのが実に長かった気がする。

その他海外では、結構進んでいるようだ。
欧州
・スペイン最大手の電力会社(Endesa)が複数エリアで実証試験を実施。・ドイツのマンハイムではPPC(Power Plus Communication)が、商用サービス中。(2000軒規模)・英Scottish & Southern電力公社がスコットランド地方にて実証試験中。・オーストリアのチロル地方で学校やホテル等の公共の場所で実験中。
アジア
・中国では、国家電力の関連会社である中電飛華通信有限公司が2001年頃より北京市内で実証実験中。・韓国では、2002年にPLCの実証実験が許可され、ソウルや済州島で実証試験を開始。・香港では、2002年からホテルおよび集合住宅において商用サービス開始済み。規模は数千軒。・シンガポールでは、通信料金の価格破壊を狙って、電力系通信事業者が設備コストの安価なPLCで参入を検討中。等となって現在ではもっと進んでいるものと思う。

日本では接続機器がメーカーによってこれまた互換性がないという問題が出るという。HDDVDかブルーレイディスクかの問題も含めてもう少し利用者の側になって貰いたいという気もするが、いずれ淘汰されるか、さらには、隙間産業として互換性を目指すメーカーが出てくるなどもあると思うが、そのツケは利用者を経て結局はメーカーに戻ることになる。

今の日本では、デジタル・ディバイド(情報を持つ者と持たない者との格差)の問題がかなりあるように思う。比較的年齢が高く・企業の中でもパソコンを使わない職種の人等には、我々が当たり前のように使っているインターネットやワープロとかエクセル等殆ど使わない人達がかなりいるように感じる。使わなくても暮らしていけるが、使うともっと便利になるということの実感が湧かない状況の人達。今では小中学生がインターネットを学校で使うということが当たり前のようになっているが、そうではなかった時代の人達にはこのPLCを契機に日本全国あまねく使えるようになることがまず必要と考える。年内には接続機器が販売されるというが価格もどの程度か気になるところである。

Tuesday, October 24, 2006

猫のおしっこの臭い

以前から気になっていた事の一つに猫のおしっこの臭いのきつさに閉口したことと、何故あのような臭いとなるのということであった。それは以前住んでいた我が家の庭にどこからか猫がやってきては同じ所辺りにどうもおしっこをしていくようだった。その臭いは何ともいえない強力な臭いだった。何故あのような臭いとなるのか頭の中に強力に残っていた。

そんな中、何気なし姉と電話で話をしている中で猫のしつけが出来ていない人が住んだ家の中がものすごい臭いだという話をしていた。多少の臭いのきつさはそれ程気にしない人でもあの臭いはどうも大変だと話をしていた。

すると翌日の朝日新聞に「猫のおしっこ、なぜくさい」という記事があった。においが強いのは、尿に含まれる特別なタンパク質のせいであることが分かったと。(岩手大学 平秀春教授と理化学研究所のグループが米科学誌ケミストリー&バイオロジー10月号に発表)健康な動物では、尿の中にはタンパク質はほとんどでない。ところが猫の尿には、大量のタンパク質が含まれているという。このタンパク質は腎臓で作られていることを突き止めコーキシンと名付けた(猫は好奇心が強いからとのこと)。これが、フェリニンというアミノ酸を作り出すのを助けていることを発見した。フェリニンは縄張りを示すにおい物質や異性を引きつけるフェロモンの元になるといわれる。コーキシンとフェリニンは、生後3ヶ月から尿内に現れる。雄は多く、雌や去勢した雄では少ないという。

コーキシンの合成のじゃまをする方法を見つけるとにおい対策になるという。web上で消臭剤を見てみるとアンモニアを強力に分解するものなどいろいろ出ているようだが、この論文がいま発表されるような状況では、消臭剤と称する消臭剤は、周りを攻めているまがいものが多いということなのか?

第10回千葉マスターズに参加


10/22に仲間達と千葉マスターズに参加してきた。エントリーは100m,50mの自由形としていた。100mは午前9:30頃、50mは14時頃であったため8時半に会場入口で仲間と待ち合わせた。千葉国際水泳場は京葉線新習志野駅のため8:30に着くためには家を少なくとも1時間程度以上前に出ないといけない。電車乗車区間だけで所要時間が約60分であったため7時頃出発し、新習志野までは幾つかのルートがあったが、今回は、南千住(日比谷線)-秋葉原-西船橋-南習志野-新習志野のコースを辿った。このルートは初めてだったが、どうも西船橋から南船橋は東京側に向かうのに方向感覚がおかしいような気になったが無事着いた。

今回の千葉県マスターズ参加者は、約2,000人,参加種目人数約3,500人と相当な人数だった。100mはいつもオーバーペース気味になるため気持ちを抑えた結果、自分の最近の記録としては長水路記録ではまあまあの記録1'15"69だった。50mは32"74で想定より遅かった。100mはやはりペース配分が最終タイムにかなり左右する感じがしたが、いつもその気持ちを持って望むがなかなか思うようにいかないものだ。
今回の大会では、世界記録が23日に2つ、日本新記録が5or6出ていた。やはり それなりの練習を積んできた人達だと思うのと、北海道から九州まで参加県が多くレベルの高い大会となっている気がした。10回連続出場者表彰状の授与を鈴木大地が行っていた。

話は変るが、先日TVでソウルオリンピックで鈴木大地がいかにして金メダルを取ったかを特集していたのを見た。練習の凄さと決勝戦の心理戦術と行動などそこまでとは言わずも誰もがそれなりの練習をしないことには駄目であることは必然だと思う。自己記録を伸ばそうとするためにはそれなりの努力と研究が必要ということを感じさせられた。

Monday, October 16, 2006

母の三回忌に思う

84歳で永眠した母の3回忌に伊豆に行ってきた。早いものでもう3回忌となってしまった。年に5~6回前後しか行っていないのでせめてもこういう時にはお墓参りをしないといけないと思う。脳梗塞で倒れて13年間一日も欠かさず母の面倒を見てくれた父も現在88歳、感謝の意味でも皆が集まってやることが父への励ましに繋がるものと思う。母の想いはいろいろあるが、それにも増して母の晩年を介護の明け暮れで自分の天命として看病・リハビリに明け暮れ、尽くした父の強靭な精神力・忍耐力に頭が下がる思いがしている。

それに比べ今の自分たちは、何とも苦難を苦難と思わない精神的な強靭性・忍耐力についてもっともっと学び、養わないといけないと思う。人は物事をどう捉えるかによって同じ事をやっていてもその姿や周りに与える影響力がまったく異なる。他から見ると辛いこと、大変なことを何とも態度や口に出さずやってしまっている人がいる。本当はどれ程辛く大変なことであるかに違いないと思うこともある。それに自分が甘えてしまっては申し訳ないと思いながら、ついぞ任せてしまっていたような気がする。鍛え直しが必要と思う。

Saturday, October 07, 2006

携帯機種変更価格って何?

今使っている携帯のバッテリーが弱ってきたので、電話番号は今のままにするため機種変更で対応しようと秋葉原へ出かけた。どんな機種が良いかも調べずにいって店頭で聞いた。今使っているのが東芝製だから同じような操作で出来る東芝にしようと考えたが希望の色がない。それではと思い別なEddy付きの携帯にしようとしたら、これもまた色がない。価格的には、2年弱しか使ってないので機種変更は前者、後者とも8,100円で携帯ポイントを使ってもまだ足りないという。その店のポイントカードを持っていたので調べて貰ったら1500円分くらいあるという。結局両者とも気に入った色がないためその店では買わなかった。

そこで別の店に行って同じような型や機種変更で同価格の携帯を見せて貰ったら、こちらの店では、なんと携帯ポイントを使って無料になるという。何かおかしいな?と感じざるを得ない。更に、携帯で撮った写真をパソコンに取り込むのにUSBケーブルが欲しいと確認したら、この店には置いてなくて本店で別売りしていると言う。

旧携帯からデータ移植のため1時間くらい時間を欲しいと言うことなので、秋葉原のいくつかの小物屋を見ていて、店員に携帯から写真をパソコンに転送するUSBケーブルを置いてるか聞いたら1,980円であるという。買おうとしたが正確な電話機種が分からないと合わない可能性があるとのこと。

それなら新しい電話を受け取ってからもう一度来るといって店員に告げ、その店内を眺めていたら、石○から電話があり、新しい携帯電話には、USBケーブルが付いているという。なんとまあこれも買わなくて済むことになった。

二人で出かけたので、夕食は韓国の家庭料理という店に入ってお酒・食事をしても、まだ携帯を買う積りの金額に届かなくお釣りが来たような気分で良かったような気もするし、いったい携帯の値段とはどういう基準になっているのかという気がする。

敗者復活戦とは何か?

プロ野球パリーグでは、今年もプレーオフが今日から始まった。また、来年からはセリーグもプレーオフが始まるという。7日朝日新聞に「「敗者復活」は自殺行為だ」という豊田泰光 野球評論家の記事が載っていた。確かに日本プロ野球12球団中6球団がプレーオフに参加できるというのは、ペナントレースは何なのかという疑問が大いに湧く。米大リーグは、30球団中8球団だという。年間140試合もやっていてプレーオフがあるのは、何ともおかしな仕組みだと思わざるを得ない。

これが柔道とか相撲で敗者復活戦で第三位を目指すというのは、全く問題視するつもりはない。プレーオフでの勝者同士が戦って日本一というのはどうも意味合いが違う。ペナントレースで6ヶ月も戦って長くて苦しい結果として勝者が決まる。このセパの両者が戦って初めて勝った方が日本一と称するに値するし、意味合いがでてくる。

このように紛らわしさをあたかも紛らわしいと言わせないで、その世界の関係者だけでやっていることが、徐々に凋落の一途を辿ることに繋がっていくことに気がつくべきだと感じる。正に豊田氏が言っていることに同感する者である。野球のひいきチームはないが、金田、杉浦、野村、王、長島、落合やイチロー、松井、城島、井口などの中にその時々で結構応援したい選手もいる。もっともっと野球が盛んになって欲しいと思う者であるが、あまりに現状の興行面を見た近視眼的・目眩まし的な対応は結果的にツケを回したことにならないと良いがと思う。

福島県知事道義的責任で辞職というが

福島県談合「公共調達システム刷新を」(郷原 桐蔭横浜大学教授)の記事が朝日新聞に掲載されていた。福島県知事の辞職に結びついた実弟の談合罪共犯容疑での逮捕が、地方公共工事を巡る談合構図全体に大きな影響を与える可能性があるというが本当か?という感じをもつ。

高度経済成長期に公然と業界業者間の話し合いで受注者を決める方式が行われていた。90年代は、独禁法の制裁強化もあって会合型から密やかに個別情報交換方式に談合システムが変化したが、それが摘発されたのが大手ゼネコン汚職事件。独禁法課徴金や指名停止に加え、刑事事件での摘発の脅威にさらされたことが摘発されにくい形態への談合システムの進化に繋がったという。

受注者が特定の人物の意向や業界会合決定のような明確な形で決まるのではなく、情報交換による受注希望者の調整や有力者の意向伝達などを通して関係者で徐々にコンセンサス形成がされるという曖昧な経過で決まっていく構図にある。このような構図の中で、対価としての金銭授受があったとしても職務権限との関係が希薄なので贈収賄の構成も困難。そうした有力者の談合システムへの関与をあえて談合罪の共犯と捉えて逮捕に踏み切った今回の検察の判断は相当思い切ったものだという。

ここで「有力者の意向伝達などを通して徐々にコンセンサス形成がされると」というが、実態はそんな生ぬるいものではなく、天の声としての威厳・威光が関係者に強力に伝わっていると考えざるを得ない。

上述のような談合罪共犯の適用が一般化されると大手ゼネコンなど建設業界の談合構造が一気に崩壊に向かうとも考えられるというが本当か?かつては経済的社会的機能も果たしていた談合システムは右肩上がりの終焉とともにその機能を徐々に喪失し、非効率性、不透明性、癒着・腐敗などの弊害が顕在化し、種々の規制をかいくぐり、より巧妙し続け、相も変わらず癒着・腐敗の弊害がより鮮明に映ると感じる人は多い。

しかし、これまで違法行為・犯罪として制裁・処罰ばかりに終始してきたため、談合システムに代わって、品質が高く安全性の高い社会資本の整備を可能な限り低価格で提供するシステムの構築は著しく立ち遅れている。談合の制裁・処罰ばかりに関心を向けるのではなく、官民挙げて新たな公共調達システムの構築に取り組むべき時期に来ているという提言はその通りだと思う。ここで良識あるマスメディアを標榜する新聞・テレビ業界は、世界のいいとこ取りでもいい、これらの情報をもっと提供すべきと考える。

Sunday, October 01, 2006

都民の日




10月1日は都民の日。都民の日でも日曜日に重ならないとなかなか出かけられないでいた。今年は日曜日に重なったこともあってどこかに出かけてみようということになった。都が運営している施設が無料になるためまだ行ったことがなかった都立葛西臨海水族館(葛西臨海公園内)に行ってみた。

京葉線で葛西臨海駅に着くとかなりのお客さんが駅に下り立ち、特に小さな子供連れが多かった。水族館は遅くなると混むだろうと既に来たことがある家内が先導し一直線で行ったが、もう中は混雑が始まっていたけれど館内全体を見ることが出来た。臨海公園は思ったより広く良く整備された公園で気持ちがよかった。普段もう少しじっくり見られる時にゆっくりと見る価値があるように感じた。

水族館から出ると雨が降りそうな感じだったため、公園内の散策は取りやめて帰ることにした。帰りの途中御徒町により井泉本店で久しぶりにトンカツを食した。13時頃の日曜日で当たりは人気がそれ程ないが、店内は結構混んでいた。やはり老舗の美味しい味を求めてやってくる常連さんがいるのか?

美味しいトンカツを食した後、上野松坂屋前から以前から一度乗ってみたいと思っていた都バスに乗って浅草を通って南千住まで来てみた。なんと時間がかかることかがわかった。それから都バスに乗ってくる人達は、なんと年輩者(70歳以上の方でパスをもっている人)が多いことが分かった。余計なお世話かも知れないが、都バスはこれでやっていけるのかなと?
こんな都民の日の一日であった。

swimming練習へ

10/22(Sun.)に千葉県国際総合水泳場で予定されているマスターズ大会へ参加予定としている。
エントリー種目は、50m,100m自由形のため少しでも記録が落ちないようにと練習をすることにしているが、なかなか思うように出来ない。しかし、今週の木曜日と今日土曜日は時間帯がよかったのか荒川総合スポーツセンタは余り混雑していなかった。

練習メニューは以下の通り。

9/28(木) 合計距離 2400m
ウオームアップ:400m(フリー)+100m(バック)+100m(ブレスト)
100mフリー  :2'15秒サークル × 7本
       :2'00秒サークル × 8本

50mフリー  :65秒サークル  ×5本
       :60秒サークル  ×5本

100mメドレー :ゆっくり × 2本
ダウン    :200m

9/30(木) 合計距離 2400m
ウオームアップ:500m(フリー)+50m×2(バック)+50m×2(ブレスト)
1500mフリー × 1本
50mフリー  :70秒サークル  ×10本

100mメドレー :ゆっくり × 2本
ダウン    :100m

プールが空いているとインターバルでも長距離でもしっかり泳げてとても気持ちが良い。しかし、混雑しているときは、インターバルでサークル65秒とか70秒といってもそんな気持ちで泳ぐしかない程度でなかなかしっかり泳げない。泳ぎ終わった後は気分がスッキリするのがいいね。

Saturday, September 30, 2006

「インドビジネス-驚異の潜在力」を読んで

インドビジネス-驚異の潜在力 祥伝社新書 島田卓 著を読んで

世界に残された巨大市場IT業界の人材の宝庫といわれるが、これはある意味一面しか表していない。インドには無数の言語、理解の壁を越えた社会制度、因習等被支配民族としての国民性があるという。ビジネスを行うにはまずインドの現状と国民性を知る必要があるそうだ。

インドの人に一貫性を持たせつつ、それを継続的に行わせることは非常に難しいと言われる。いい加減な説明はもとより、聞くからに立派な説明でも、拠って立つ根拠が明確でない場合には、何でそういう事になるのか、徹底的に説明を求める必要があると!
常に念頭に置いておく必要性があることは、2C,2TとPだと。
Continuity(継続性),Consistency(一貫性)
Transparency(透明性),Timing(タイミング)
Predictability(予見性) だそうだ。

インド工科大学(IIT)→MITを模したといわれるが、IITがどの位難しいかというと、インドではIITに落ちたらMITに行けといわれ、半ば冗談と思えるだろうが、本音だそうである。

著者曰く、インド人は、自己主張が強く話し出したら一人でしゃべっていて他の人に話をさせない「自己中心思考回路」を持つという。一方日本人は何も言わない、何を考えているか分からない「日本人は他人中心思考回路」を持つということで、以前のジョークで触れた「至難の業」にもでているようなジョークが生まれている。

1947年のインド独立に際し、無数の言語と人種の集まりであるインドを独立に導くためにマハトマ・ガンジーや初代首相ネールが使ったプロパガンダが、自尊心と自信であった。圧制と収奪という悲惨な外国支配に抑圧され続けたインド国民を奮い立たせ、インドの民衆に自国が持つ数千年の歴史とインドの文化の栄光を叫び続けた。人間は徹底的に言い含められる(洗脳される)と、自己顕示欲の強い、自己中心的な思考回路ができてしまうらしい。

1991年の国勢調査では、インドで話される言語は3372、このうち1万人以上が話している言語が216、すなわち1万人にも満たない言語を話している言語が3000以上あるという。一枚のお札に17言語の金額表示がされているそうだ。

気になるのは、インドの人口が2035年に15億人を超え中国を抜くといわれている。今のインドが中国のような急激な経済発展を遂げるかどうか分からないが、いつまでも今のままでいることはあるまい。エネルギー、食料問題など、地球はどうなっていくのだろうか。先が思いやられるが、心配のし過ぎだろうか?

Friday, September 29, 2006

朝日新聞(選挙)「制度の穴をふさぐには」の社説に同感

29日の朝日新聞に竹中氏辞職「制度の穴をふさぐには」のタイトルで社説があった。朝日新聞ならずとも選挙権を持つ国民大方の人達が、今の選挙制度の欠陥という感じで何かおかしいと感じているのではないか。拘束名簿方式で落選した人が非拘束名簿方式で当選をするというやり方、単なる人気集めの票稼ぎ(どんな形でも名前が知れた人)で国会議員が決まっていく、このような形で選ばれた議員を含めた党に対しても何とも信頼や信用といった感じが芽生えない。党が公認する人物のハードルを示して欲しい。

比例代表選メンバーに記載する名前を当て馬的に記載しておいたら、なんとまあ当選してしまった。政策もヘチマもあったものではないと感じる。比例選で当選しながら軽々しく党を変わる。だれが考えてもおかしいとしかいいようがない。制度の欠陥そのものだと思う。

このような現状に対して、今日の朝日新聞社説はズバリ単刀直入に明快な形で主張してくれている。
一つは、辞める議員が集めた個人票を政党の獲得票数から差し引いて、議席を配分し直す。もう一つは勝手にやめた場合には、繰り上げ当選を認めず、欠員のままにする。このくらいのことは躊躇せずにやるべきだ。

来年の参議院選に向けてもプロ野球選手の擁立が取り沙汰され、相変わらずのタレント志向が続いているのではないかという。このような体たらくの制度にメスを入れられない与党はさっさと代わるしかない。既得権益を守る・拡大させるのは官僚の専売特許といっているかの自民党そのものがWEB1.0にズッポリ浸かっているとしか思えない。「良識の府」たる制度設計改革に即刻取り組むべきと思う。

Sunday, September 24, 2006

千秋楽見物+ちゃんこ霧島



大相撲千秋楽を初めて見物した。地方巡業、全日本学生選手権、相撲総見などは見たことがあったが、本場所は初めてだった。テレビで見るのもいいがやはり実際は迫力が違う。映像の良さも勿論あるが、実際の迫力との違いの差をまだまだ映像では埋めることが出来ない。映像技術や音声技術が進化してこの違いをどこまで迫れるか興味がある。

今日は二階席の前から見ていたため土俵がバカに小さく感じた。テレビで見ていると土俵は結構大きい感じで映っているが、実際はそれ程大きさを感じない。それより力士がテレビで見ているより実際の方が大きく感じた。
また、二階からは、鳥瞰的な見方となるからか力士の体重の移動つまり重心の移動がよく見えるのが面白いのと、立ち会いの勢いで追い込んだ時の詰めが甘く、逆転されてしまうケースも結構興味深く見ることが出来た。

14日目で横綱朝青龍の優勝が決まっていたため少し緊張感や手に汗を握る期待感が薄れた千秋楽ではないか感じていたが、実際はそんなことはなく横綱、大関、関脇の相撲は結構力相撲でスリルを感じた。

相撲観戦後霧島という所でちゃんこ料理を食べたが、味もなかなかよく料理も新鮮な魚介類だけでなく非常にいい鍋で満足の料理であった。
今回は、父の米寿のお祝いと姪っ子のアメリカ人の旦那さんの誕生祝いを兼ねて、私の兄姉三人とそれぞれの連れ合い等10人でお祝いの席を囲んだ。ちゃんこ霧島からは思いも掛けないサプライズの品を頂き父も驚いていた。なかなか買えるようなものではない心のこもったお祝いの品であった。感謝感謝です。

三役の取り組みが始まる時に会場内がバカに賑やかになったと思ったら、自民党安倍新総裁及び夫人が会場内に入ってきた。内閣総理大臣杯を授与するため内閣官房長官としての仕事であった。総理大臣杯は、40kgもあるらしい。かなりの重さの優勝杯を一生懸命持ち上げて朝青龍に渡すところが何とも印象的だった。

Thursday, September 21, 2006

自民党総裁に安倍晋三氏選出される

自民党総裁に安倍晋三内閣官房長官が選出された。
政治の世界は全く素人だが、素人なりにも一国の総理大臣となるため人物・ビジョンが気になる。
キャッチフレーズを「美しい国、日本」とし以下の項目を目指すべき国のあり方として掲げている。
(1)文化、伝統、自然、歴史を大切にする国 (2)「自由」と「規律」を知る、凛(りん)とした国 (3)未来に向かって成長するエネルギーを持ち続ける国 (4)世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国

さらに、政策の6つのポイントとして、
(1)政治のリーダーシップ (2)「イノベーション」と「オープン」による経済活性化 (3)健全で安心できる社会の実現 (4)主張する外交 (5)自民党改革のさらなる推進 (6)戦後レジームからの新たな船出
を掲げている。是非やり遂げて欲しいものである。

これらの中の更に小項目として次のよう内容が示されている。
・伝統文化を大切にする
・家族の価値観や地域の温かさの再生
・教育の抜本的改革
・安心と安全を国民の手に取り戻す
・イノベーションによる経済成長
・世界の中で活躍、貢献する日本人を育てる

これらをどのようなやり方で取り組むのか具体的なイメージがわかるような言葉で説明をしてほしいものであると感じた。ひょっとして「美しい国、日本」には出ているのか?

非常に重要だと考えているのは、上記項目のどれをとっても教育と教育システム、更に日本人が伝統としてきて世界に誇れるものは何なのかを含めてもう少し具体な考え方を示してほしいという思いがする。

一国の総理が何から何まで具体的な内容までを述べなければならないという訳でもないが、少なくとも信念をもって取り組む決意の上に、そのビジョンをどう実現するかを示し、指示したら最後まで任せた事を自分の意向に沿っているか確認することが必要に思える。

Tuesday, September 19, 2006

North Koreaの状況を読んで

話は大分それてしまうが、世の中他人から見ると極悪人と言わずに何というか、というくらいどうしようもないと思われるように見える人でも、いざ身内のこととなると普段の極悪・非道は何処へという感じもしてしまう。

最近「ある北朝鮮兵士の告白」新潮新書 韓景旭著 北朝鮮の軍隊生活の一部始終が語られているという本を読んだ。内容的にどこまでが事実かという所もあると思うが、軍隊の下の者はすべて上官と党のため、上官はすべて更に上の上官と党のため、最後は首領様と党のためという構図で自分と他人を差別化してもらう、自分の出世目的で取り入るために賄賂やおべっかを使ったり渡したりとすさまじい状況が蔓延っている。

その賄賂の品々は仲間のものであったり、他の部隊の物であったり、殆どは農家からの略奪品・襲撃品でもある。農産物(米、大豆、トウモロコシ、カボチャ、トウガラシ・・・)や家畜(牛、豚、鶏、ウサギ・・)や飼い犬、はたまた首領様の命令である道路工事等に必要な機械器具などありとあらゆるものが窃盗、略奪、襲撃の対象となり、貨物列車を軍人が襲撃するなど正に腕っ節の強く、且つ要領のいい人間や集団など無法者がのさばる社会としか言いようがない。軍隊にいる人も国民も、本当に毎日食うや食わずのぎりぎりの生活が続いているという。

自分が死ぬか他人を殺すかという状況が何処にでも見られるというおぞましい国に成り下がっている。
一人の上官やその家族がいい思いをしている時は、その反面困って嘆き悲しんでいる人が何人いることか、人の不幸や悲しみ、不満の上に成り立った党と首領の構図。いつまでもつのか不思議な気がする。

19日日本政府は、北朝鮮に対する金融制裁の実施を閣議了承した。これらもいつまでも、もたもたしないで実行できる策は日本としてどんどん取ることが、結果として北朝鮮の民衆を苦しみから早く解放し救うことに繋がるのかもしれない。世の中なんと皮肉なものだろう。現体制の腐りきった一党独裁・専制政治の現実をもう少し見つめる必要がある。拉致被害者を救うためにも現体制維持の加担に断じて支持するようなことを許してはいけない。

日本で荒っぽい犯罪が増えている。このような荒っぽい犯罪は日本にはなかった。上述の本を読んでいると何か繋がるものがあっても不思議がない。犯罪の取り締まりももたもたしないで徹底して安心の出来る社会になって欲しい。

贈りものの有り難さ

昨日北海道H君、Aちゃん、Hiび君からの贈りものが届いた。立派なサーモン。
自分ではほとんど贈りものを送るという習慣と縁がなかったが、貰うのは何とも嬉しい限りだ。今後は頂くだけではなく、少しは喜ばれることもしないといけないと思うようになった。特に身近にいる人にも何か感謝の気持ちが分かる何かを。

他人には「気は心」だからといって少しの気持ちを表すだけでも大切だとか言っておきながら、身近な人にはなんの気持ちも表していない気がする。何十年もの間。なんて自分に都合の良いことを言っているのだろうという感じがする。今年は、家内の友達から梨、桃、佃煮等いくつかの贈りものが届いている。これも余り形式だけの付き合いだと重荷になることもあると思うが、お互い身近な品々を少しでもと便り代わりにというのも良いものだ。

また、自分の田舎からも高齢の親が少し不自由になった体を何とか動かして育て上げたジャガイモ、サツマイモ、モロヘイヤ・・・等
もう少し謙虚になって行くことを思い始めた。歳を取ったせいかな?

Saturday, September 16, 2006

どたばた日帰り温泉


朝起きて9時近くになって日帰り温泉で何処かに行くかということで、奥多摩の「もえぎの湯」(JR青梅線奥多摩駅)に向けて10時過ぎに出発した。それでも出かける前まではあっちがいい、こっちがいいと言いながら、行く寸前になって中央道はどうも混雑しているのではということで千葉の養老渓谷の温泉郷の方にしたらという話がでたが、いつまで経っても出発できないからと奥多摩目指して首都高の入り口「堤通」に入った。途端6号線は向島から江戸橋まで、また下北沢から八王子の先までずっと渋滞ということだったが、それでもまだ行くつもりで箱崎近くまで奥多摩目指していた。とても何時に着くかわからない感じがしてきた。

急きょ千葉の養老渓谷に行くことに走りながら変更し、箱崎でUターンして7号線に戻ったが、京葉道路も花輪から以降渋滞であった。3連休なのだから何処に行っても当然のように混雑している。それでも蘇我ICを下りたら、混雑はしていたが渋滞ではなかった。12時半近くとなっていたため、昼食を297号線にはいってすぐ食べることになった。「いちの膳」というレストランでランチメニューを食べたが、値段の割にまあまあお寿司と茶碗蒸し、味噌汁付きで結構満足。欲を言うともう少し新鮮な具があると更に申し分ないのにと思う。欲張りをいっては怒られる。

養老渓谷には2時過ぎについたが、何も調べないで来たためどこの温泉施設に行こうとしたのかも全く思い出せずに、取り敢えず車で養老温泉郷とはどんな温泉なのか、奥養老温泉まで行ったり、滝之家(滝見苑)の滝を見たり遊歩道を少し散歩した。目的が温泉だったので養老温泉郷の中のホテルに行ったが午後3時を少し過ぎてしまったため、日帰り客はご遠慮してもらうということで、あせって入浴できるところは何処でもいいからと次に立ち寄った「旅館 嵯峨和」という所でかろうじて入浴できることとなり目的達成。養老温泉の湯質はナトリウム炭酸水素塩泉で深さ200メートルの湯脈から届く自慢の黒湯(ラジウム鉱泉)はヨード分が多く、美肌効果があり、お肌をつるつるにしてくれるようなことが記載されている。確かにうす黒い湯でした。

もう少し計画的にすると良いところが効率的に見られたりと思うがなかなかそうはいかないことが多いものだ。

Thursday, September 14, 2006

世の人心の荒みはどうなっているの?

最近のニュースを見たり聞いたりしていると何とも人の心が荒んだ世の中になったものだとつくづく感じる。

海外からの荒っぽい窃盗団とばかり言ってられない。これらの影響を受けたかどうか解らないが、ショベルカーでのATM破壊、宝石・貴金属店を狙ったジャッキによる壁破壊、トラックを使った何とも手荒な電気製品洗いざらい窃盗強盗団の振る舞い、振り込め詐欺、はたまた中学生同士で親を報酬目的依頼殺人、子供への熱湯浸け虐待、すぐキレル大人と子供等々道徳教育という問題ではない何かが狂ってしまっている。

先月のニュースで高速道路の料金所踏み倒し突破がH17年度で93万件だという。5年前の3倍以上で旧日本道路公団3社で約26万件、首都高速道路で約36万件、阪神高速道路で約30万件だという。これは単に高速道路会社の収入減による損失なんていう問題ではない。こんな状況を放っておくことがむしろ犯罪を助長している気がしてならない。
常習者がいることは窺い知れるが、むしろこのような犯罪の野放しはまったくもって世の中をなお荒ませる。

最近特に飲酒運転による人身事故放置のまま証拠隠滅・発覚を恐れて逃走してしまうケースが問題視されている。これは逃げ得を許す法体系が問題だといわれるが、正にその通りである。ある団体や弁護士らは、人権人権とかプライバシー・プライバシーとか極端な配慮と称した過剰な反応、発言など何とも自己都合・自己弁護の振りかざしオンパレードという感がする。

ブロークンウィンドー理論によるニューヨークの治安維持・回復ではないが、日本の治安回復のため徹底した犯罪者の取り締まりを実施して欲しい。上述の内容は結局逃げ得が許されてしまうことが一番問題で、とどのつまり不正や犯罪は自分が一番損失(代償が高くつく)となるいう意識付けがされないとこのような犯罪はなくならないという気がする。それと相俟って人に迷惑を掛けない道徳観念醸成教育などにもっともっと世の中も真剣になって欲しい。

かつての儒教の精神や藤原正彦氏がいう武士道精神など日本の美しい心の再生に向けた努力が切望されるこの頃である。最近の脳神経科学による脳の発達のアンバランス(扁桃体と前頭葉発達不整合)も指摘されているが、情報過多や暴力シーンゲームなどマスメディアによる視聴率指向の問題の影響も大きいと素人でも思う。更に、教育の荒廃も何とも恐ろしボディーブローのように効いてくる。

Tuesday, September 12, 2006

ジョークについて

自分では気の利いたジョークを言ってみたいと考える時がたまにある。多少かしこまった会話の中で出そうと思ってもなかなか出てこない。これは飲み会後のカラオケで指名された時、一つや二つ歌える歌を覚えておきたいという思いとある意味感じが似ている所がある。多少の注目を集めてみたいという想い。以前に皇居近くのパ○スホテルでアメリカE○RI技術者とのパーティに参加した。パーティが始まる前の雑談の中で何カ国かを対象にジョークを飛ばしていた技術者がいた。勿論内容に付いていけないのが殆どだったかもしれないが、このようにいくつかの国の特徴を、その場の雰囲気を捉えて話題に出来ることにある意味では非常に羨ましさを感じた。
と言う訳で本屋に行ったら「世界の日本人ジョーク集」早坂隆 著 が目に入ったので購入して読んでみた。なかなか興味深いものもあるが、これらはやはりTPOが大事である。ということで先の本から3つ引用。

●技術者の違い
日本人とロシア人技術者が、クルマの機密性について話し合っていた。
日本人技術者の話。
「我が国では機密性を試す試験には、猫を一晩クルマの中に入れておきます。そして次の日に、猫が窒息死していたら、機密性は十分だと判断します」
ロシア人の技術者の話。
「我が国でも、機密性を試すために、猫を一晩クルマの中に入れておきます。そして次の日に、猫がクルマの中にいれば、気密性は十分だと判断します」

●至難の業
国際会議において有能な議長とはどういう者か?
それはインド人を黙らせ、日本人を喋らせる者である。

●幸福論
「人生における最高の生活とは?」
「アメリカで給料を貰い、イギリスの住宅に住み、中国人のコックを雇い、日本人を妻にすることさ」
「では、最低の生活とは?」
「中国で給料を貰い、日本の住宅に住み、イギリス人のコックを雇い、アメリカ人を妻にすることさ」

何を感じますか?

Sunday, September 10, 2006

バイオテクノロジーの進歩・今後の期待と課題

1990年に米国で正式にスタートしたヒトゲノム解析は計画目標の2005年より大幅に早く2000年に概要解読が終了したとのこと。これらの成果は、今後の病気の治療を含めて計り知れないほど、人間とは何かというような倫理的な課題も含めて、従来のものの考え方を変えなければならない問題に直面しているという。

大きな重要な事項の一つに生物はみな同じスーパーファミリー(人間だけがあらゆる生物の中で特別なものではなく、同じファミリーのワン・オブ・ゼムに過ぎない)に属している(生物のあらゆる細胞には、エネルギー産出システムを受け持つミトコンドリアという細胞内小器官があり、そこでヌクレオチドを構成する部品である塩基-A(アデニン),T(チミン),G(グアニン),C(シトシン)ではない別の暗号システムを使っているとか、生殖とか、形態形成、生物のさまざまな基本的な枠組みの根幹部分がみな相同遺伝子によって作られ、同じようになっている)。

現在では、DNAシーケンスを自動的に読み取る装置、遺伝暗号をいれるとその通りDNAを作るDNA自動合成機等大抵の研究室にあるらしい。そこで目指すは病気治療のためのティシュ・エンジニアリング(tissue engineering:再生医療)の活躍の場である。脊髄損傷で動けない人の脊髄復元、脳梗塞、アルツハイマー病など脳の病気で機能を失った人の脳細胞再生、人間の臓器を豚などに移植用臓器として作らせる場合など、人動物キメラは何処まで許されるか等生命倫理の課題が分子生物学の進歩とともに続出してきているという。

一方、HIVウィルスは分裂しない非細胞(脳、肝臓、肺等)の中にも入っていくが、このエイズウィルスを無毒化できると最高のベクター(遺伝子クローニングなどで遺伝子を導入する時遺伝子をのせて送り込むことができるDNAに入りやすい物質)になるという。これもDNA解析が進み何処が悪さをするかすっかり解析済みとのこと。

ガンにあっては、以前よりp53ガン抑制遺伝子について新聞等で時々報道されていた。大抵のガンは15~20くらいの遺伝子異常が同時に起きているためその全部を直すのはとても無理なのでたった一つのp53遺伝子を入れただけでガンは自己破壊(アポトーシス)を起こすという。p53はガン細胞が異常増殖を始めようとすると細胞分裂にストップを掛け、増殖を止まるようにし、それでも異常増殖が止まらないとアポトーシス(細胞自殺)のスイッチを入れてガン細胞の固まりを自殺させてしまうという。因みに人の手(指ができるのは)はアポトーシスの結果指の形成となっている。

(「21世紀 知の挑戦 立花隆 著」より)

Saturday, September 09, 2006

21世紀は地球が出来た以降どんな時代か鳥瞰

太陽系つまり地球の誕生は今から46億年前。その6億年後(40億年前)海の中で生命誕生及び陸も誕生。その後陸上と生物が結びついたのは今から4億年前。恐竜の誕生は約2億3000万年前、恐竜が忽然と消えたのは6500万年前。霊長類の出現は約6500万年前。さらに、500万年前人類と類人猿が分かれたといわれている。

この地球が出来た以降もう少し理解しやすい表現として一日24時間の物差しで表すとより理解が進むという。例えば、地球史を一日24時間にたとえると、恐竜の時代が終わってほ乳類の時代が始まったのは23時47分8秒頃で、霊長類の中からヒトが出現したのが23時59分3秒頃。キリストが生まれたのが23時59分56秒24。20世紀が始まったのが23時59分59秒99。20世紀の100年などというのはほんの一瞬に過ぎない。

このように地球史的に現在をみるとほんのわずかの時間だが、逆にほんのわずかな時間に人口増加や人間の産業活動により、又各国の利害関係により環境破壊がどんどん進んでいることは何ともむなしい。

ヒトは自然に翻弄されるだけだった存在から世界のあり方に積極的に関わる存在になった。その後、知の歴史は、ヒトの役割の増大の歴史だった。益々ヒトのアクティビティーが世界のあり方に大きな影響を与えるようになり、人の側でも意識的にその役割を増大させていった時代といえる。その無定見な役割の増大が、世界システムのあちこちに不具合をもたらしたので近年の環境破壊問題であると考えることが出来るという。

環境問題の深刻化によって、ヒトはこの役割の大きさに気づき、ヒトの自然との関わりを認識し直し、自己の行動に責任を持つようになり、盲目的行動者から世界のマネジメントに自覚的に拘わる世界のケア・テイカー(世話役)へと自己を変貌させようとしているというが、すぐにでも変貌して欲しいと考える一人である。

(「21世紀 知の挑戦 立花隆 著」より)

Thursday, September 07, 2006

世界人口65億人超えとなる

読売新聞によると世界人口が65億人を超えたと報じている。今後も人口は増加の一途を辿ることが確実視され、更に爆発的な勢いで人口100億人も間違いなくすぐ届いてしまう。人口の増加でまず気にかかるのが食糧とエネルギー消費の問題。本当にこれからの地球はどうなっていくのだろうかと素人ながら心配になる。

「立花隆著 21世紀 知の挑戦」によると世界人口は、約200万年前猿人時代大体100万人程度で生息地はアフリカだけだといわれている。次の原人時代(50万年前あたり)に生息地はアジアやヨーロッパまで広がり、人口は全部合わせても170万人くらい。
人口は基本的にどれだけ食糧が得られるかに左右され、狩猟採集時代は生息地域の広さで決まるため余り増えなかった。結局農業革命(1万年前頃)以前の世界総人口はせいぜい500万人程度にとどまっていたようだ。農業革命以降急速に増加の一途を辿り7千年前には6600万人、灌漑農法などさまざまな技術により農業生産は上がっていき、世界人口は紀元1年には1億3000万人を超えていた。その後産業革命以降18世紀初め6億人を超え、19世紀はじめ9億人、20世紀はじめに約16億に達した。

そして今21世紀はじめ65億人を超えてしまった。中国約13億人、インド11億人、アメリカ3億人と続く。日本は第10位で約1億3千万人。
世界人口は、1分150人、1日20万人、1年で8000万人増加しているという。(1年で6000万人が死亡し、1億4000万人が出生)

日本の食糧輸入やエネルギー輸入と国内のこれらの生産活動等を見ると何ともおぞましい感じがする。技術立国とつい20~30年位前いわれて有頂天になっていたが、現状の化学や物理等自然科学への学生の興味や学力の低下がいわれる中、日本は大丈夫なのだろうか?

Wednesday, September 06, 2006

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Tuesday, September 05, 2006

二次健康診断へ

春の健康診断結果を見ると二次検診を必要とする項目が二つあった。先日二次健康診断を受けようと病院を訪れる血液採取だけで、胃カメラ及び超音波検査は9/5(火)に来て下さいとのこと。そのため今日行ってきた。健康診断で2次検査は初めてだったので大したことがなくとも一応検診を受けておいた方が安心できると思って受診した。

一つはγ-GTPが標準より少し高い(103→今までは80位が今年100台(普段お酒は缶ビール1本程度))、もう一つは胃のバリウム検診の結果、胃の噴門部に小さな粘膜下腫瘍が見られるとのことであった。

初めての胃カメラであったためどんな感じなのか興味津々だったが、胃カメラを入れる準備として(1)舌の麻酔のためどろどろとしたゲル状のものを口中に3分間含んで出す、(2)次に喉部分の麻酔のため溶液状のものを口中に入れそれを飲む、(3)カメラ撮影時に胃が動かないようにするため上腕部に注射、(4)最後に胃カメラを入れる前に睡眠薬(剤)を腕から注射した。

看護師さんからは眠くなったら無理をしなくて自然に眠って良いですといわれている内に全く気がつかずに寝てしまった。目が覚めたのは1時間後にもう終わりましたということで何をなされたか全く気づかずに終わってしまい、興味津々であったが準備段階しか記憶に残らずじまい。

その後、結果を聞くとγ-GTPの方は大したことはない、また、胃の方も大したこともないため来年もう一度確認して下さいとのこと。超音波での内臓診断結果は、胆嚢に小さな陰があるがこれも大したことはないが、念のため半年くらいで確認をしておくと安心するとのこと。

検診をした後は、頭が少しボーとした感じがしていたが、歩いたりするには全く問題なかった。医療技術の進歩には驚かされる。便利な世の中になったものだとつくづく感じた。今回ついでにヘリコバクター・ピロリ菌の検診も急きょお願いしたが問題ないとのことで一安心。

Sunday, September 03, 2006

いわきへ行く

今日はいわきに行くため朝7:50頃首都高の堤通から三郷経由常磐自動車道でいわき中央で下り、そこから10分足らずで目的地に着いた。約2時間で東京からいわきに着いたことになる。高速道路が混んでいないとこの程度の時間で着く便利な地である。

10数年ぶりに少しゆっくりいわき市内を買い物がてら車で走ってみたら、なんだか別の地に来た感じがした。駅前は再開発のため旧建物が壊され、新しいビルが建設の準備に入ったところだし、その他の道も昔住んでいた時通った感じとどうも違う感じがした。その違う感じとは、空が青く非常に開けた感じ(開放感がある)で道路も細かった印象があったが、道が広くなるとともに周りの建物もかなり整理され、且つ高い建物がないため開放感があり気持ちが良かった。(何年か前に福島県で国体が開催された時かなり市内の整備が行われたようだ)

人混みも昔ほど無いせいか少しさっぱりした感じもしたが、よくよく考えると、この地も少子化の影響を受けるとともに、学生(小中高)の数も少なくなっているということなのかという感を受けた。この人混みも余りゴミゴミ混雑していると何とかならないかといった少しウンザリするような感じを受けるが、市内の銀座通りで人気が少ないのも少々寒々しさや寂しさを感じてしまう。人間てなんと勝手なことばかりを感じるんだろうと思う。

帰りは、湯本の温泉「さはこの湯」に入って疲れをさっぱり流してきた。さはこの湯は所謂普通の町中のお風呂屋さんだが、掛け流し温泉のため地元の人以外も結構訪れているようだ。大人の入浴料は
220円なのでとっても得した感じがする。泉質は硫黄水、源泉温度59.7℃、無色澄明・無味、臭味は硫化水素臭、水素イオン濃度PH7.8と表示されているが、少しにごった感じで硫黄臭がするためこれぞ温泉という感じがする。もし行くようなことがあれば一度お試しあれ。

Friday, September 01, 2006

防災の日に身の回りを見ると

今日9/1は防災の日で政府は総合防災訓練を実施した。また、東京都の訓練には在日米軍の横須賀基地からフリゲート艦による帰宅困難者の輸送訓練、韓国からもレスキュー隊等の参加があったという。外国からの支援も含めた訓練も当然念頭に置いておかなくてはならないと思う。石原都知事になってやっと自衛隊を身近な協力者として受け入れる当たり前の事が進んで良いことだ。

ところで我が家の防災対策はどんな状況なのか、改めて眺めてみたが震災への備えが殆ど出来ていない。防災グッズとやらは昔会社や区から貰ったものが大事にしまってあったり、防災袋、子供の防災頭巾、手袋、懐中電灯など細々としたものがあることにはあるが、震災が起きたときすぐ持ち出す体制が出来ていない。慌てて一生懸命防災用品だと思って持ち出してみると、実は防災頭巾の入った袋であったりという何ともお粗末な準備状況であることがわかった。また、家族の連絡場所や避難場所の確認、各々の役割等も特に決めていないため実際に離ればなれになってしまい、ただただ途方に暮れてしまうのが必須のような気がした。
防災グッズも含めてもう一度見直しをしておかないといけないと改めて感じた。また、マンションの対応・準備が全く決まっていない。何かあればお互い助け合いが必要になるというのに。